君の理想に化けた夢

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 きっかけとは不思議なもので、それから俺と彼女の距離は徐々に縮まっていった。お互いの夢を、放課後の教室でたくさん語り合った。まぁ、俺のは(いつわ)りの姿なんだけど……。  ご機嫌取りで優等生に化け続ける日々なんて、良くないと分かっている。だけど──たとえ片方が嘘だとしても。真剣なトーンで、胸の内を明かしてくれる彼女の姿に、俺は次第に()かれていった。  彼女にそんなつもりが一切無いのも分かっている。だけど──無邪気にカメラを構える姿に、俺は(あわ)い恋心を抱いた。初めて漫画以外のものを好きになった。  息苦しかった日常生活に、(わず)かな癒しが訪れた。そんな思いに胸を躍らせながら、今日も漫画を描き続ける。  季節の(うつ)ろいを感じ始めた夏の夜。「図書館で勉強してくる」と親父に嘘をつき、今日も教室で一人、ペンを握る。だけど町の図書館なんて夜になれば閉まってしまう。本当は──ほんの少しだけ、気付いてほしいという気持ちもあった。  まぁ、気付かれたらそれはそれで面倒なことになる。やっぱり今のままでいいやと思いながら、再び描くことに集中していると──。  ポケットに入れてあるスマホが振動する。ペンを置いてメッセージを見ると、差出人は[咲優ちゃん]と書かれていた。 「今から星空撮りに行くんだけど、蓬莱君もどう?」  教室の窓に広がる夜空に目を向ける。一瞬だけどうしようか考えたが──ペンを置き、今彼女がいる場所に駆け出してしまうのは必然だった。    *  山間(やまあい)に建つ高校からさらに少し坂道を登ったところ。自然の豊かさに全く興味が無かった俺にとって、ここは初めて通る道だった。  日頃の運動不足が(わざわ)いしたのか、坂の頂上に着いた頃には息が上がっていた。耐え切れず膝に手を置いて、呼吸を整える。  砂利(じゃり)の地面が広がる目線の先。ただ無意識に(たたず)んでいると──少し先で、パシャッパシャッというシャッター音が聞こえた。 「──咲優ちゃん?」  まだ息が荒いまま、顔を上げる。すると──。 「あ!蓬莱く〜ん!やっと来たね!」  首からカメラを()げる、馴染みの姿がそこにはあった。その表情に、ここまで駆け抜けた疲れが一気に吹き飛ぶ。暗闇でもはっきり分かるくらい、弾ける笑顔だ。  すぐにまた駆け出そうとしたが──彼女は手を大きく挙げて、こっちに何かを伝えようとしている。最初は手招きされていると思ったが、よく見ると人差し指で空を指差していた。 「蓬莱君、上!上見て!」 「──上?」  言われるがままに空を見上げる。するとそこには──。 「うわぁ──めちゃくちゃ綺麗じゃん」  夜空を埋め尽くすほどの満点の星が、一面に広がっていた。言葉を失うくらいの美しさ。ずっとこの町に住んでいるのに、何で今まで気付かなかったんだろう──。  上を見上げながら、彼女の立つ場所までゆっくり歩いた。 「──蓬莱君、口ずっと開いてるよ」 「あっ……ごめん。恥ずかしいってば」 「でも、喜んでくれたみたいで安心した」 「喜ぶ?」  その言葉で、見上げていた目線を彼女に移す。たしかに感動はしたが──本来の目的はそうじゃないはずだ。 「咲優ちゃんが星を撮るとこに、俺がついでに来た……って感じじゃないの?」 「あ、もちろんそれもあるんだけど──蓬莱君、放課後ずっと残って頑張ってるじゃない?たまには息抜きも大事だなーって思って……外に連れ出しちゃった」  ハッとした。普段は無邪気な彼女の真剣な眼差しに、不意にドキッとさせられる。  彼女なりに俺のことを考えて、励ましてくれているんだ。その言葉と気持ちだけで、今は胸がいっぱいになった。 「ありがとう、咲優ちゃん──おかげでまたやる気出たよ」 「本当?なら良かった〜。あ、でも無理はダメだからね」 「うん──分かってる」  彼女のクスッと微笑(ほほえ)む表情に、俺も思わず笑みが(こぼ)れてしまう。夏の蒸し暑さなんて吹き飛ばしてしまうくらい、今この瞬間は幸せだった。  首から揺れる見慣れたカメラ。彼女は「私も写真家になる夢頑張るからさ」と前置くと、とびっきりの笑顔でエールを送ってくれた。 「蓬莱君も、夢に向かって頑張ってね!」  その笑顔は、頭上に広がる満点の星空に負けないくらい、(まばゆ)く輝いていた。
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