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「え?……気付いてたの?」
「いや、何となくだけどね。確証は無かったよ──今日までは」
彼女が手渡してきた写真には、教室にある俺の机が写っている。その上には、いつも持ち歩いている東大の赤本。日付は四月だ。
彼女は「ごめん、こっそり撮っちゃった」と謝ったけど──何の変哲も無いこの写真が、一体何だと言うのか。
「蓬莱君、ずっと勉強漬けのはずでしょ?なのにそこに写ってる赤本、折り目とかシワが全然無いんだよね。今ここにある赤本もそう──勉強した形跡が無いくらいピカピカ」
「?!」
ドキッとした。恋愛感情ではなく、秘密がバレたという危機感で。
図星で言葉が全く出てこない。心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。
「漫画家になりたいって夢は、今初めて知った。だけど──本当は勉強から逃げたいのかなって、ずっと思ってた。お医者さんになりたい、東大に行きたい。少なくてもそれは、本心じゃないのかなって」
「……」
隠せているつもりだった。
だけど、この写真の日付は四月。出会った最初から……俺は彼女に猜疑心を与え続けていた。最低な野郎だ。
「そのボロボロの漫画ノートが、本当の蓬莱君だったんだね」
「咲優ちゃん……俺……」
「大丈夫。私も、蓬莱君と似てるからさ」
「似てる?」
「うん……親に反対されてるんだ、写真家になりたいこと。教室で大げさに宣言したのは、親への反骨心ってやつ。だから蓬莱君の気持ち、すっごく分かる」
「そう、だったんだ──」
彼女は心細そうにそう言ったけど、やっぱりカッコよかった。ちゃんと親に反抗して、夢を言葉にして──弱い自分には浮かばない選択肢だった。
これで今までの関係も終わりだ……そう諦めかけた時。
彼女は鞄に入れていたカメラを取り出して、首に提げる。そして、今まで見せてくれていた表情と同じ、真剣な眼差しをこちらに向けてくれた。
「でもね。自分が進みたい道なら、それが正解なんだと思う。たとえ失敗したとしても──きっと後悔は無い」
真っ直ぐ見つめる顔と言葉に、またしてもドキッとしてしまう。今度は恋愛感情のみで。
そして、カメラを胸の前にひょいと掲げて──「だから蓬莱君」と、言葉を続けた。
「私の理想になんか化けないで?嘘の姿じゃなくて──自分がなりたい自分になってよ。私はそんな蓬莱君を、このファインダーに収めてみたい」
「咲優ちゃん……」
決心がついた瞬間だった。
なりたい自分になる。進みたい道に進む。本当の気持ちを言葉する。彼女となら、嘘に化けるのではなく──どこまでも翔けていける気がした。果てしなく続く未来に向かって。
「俺、ずっと咲優ちゃんのことが──!」
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