私は犬が嫌いだった

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「お願いだから、もう付きまとわないで」  私はきっぱりと口にしていた。リクがいるから大丈夫と、今の私はそう思えていた。 「私はもう、やり直すつもりはないから」 「ワン、ワン、ワン」  リクが援護するように吠える。  元彼の視線は私ではなく、リクに注がれていて、その目には怯えが滲んでいた。そのまま後ろに下がると、踵を返して走り去っていく。その後ろ姿を見送ると、私はその場にしゃがみ込んだ。  リクの濡れた鼻先が私の肘を突っつく。心配そうに見つめるその黒い瞳に私は「ありがとう」と言った。  優しく撫でてやると、リクは誇らしげに「ワン」と一鳴きした。  家に帰った私は、全てを両親に話した。  両親は今までにないぐらいに怒っていたけれど、それは心配してのことだというのは充分に伝わってきていた。傍にはリクがいて、私は年甲斐にもなく泣きそうにもなった。  これからは大事になる前に相談すると約束をして、お説教は終わりとなった。  元彼のストーカー行為に関しては警察に相談しようと母が言ったけれど、多分もうしないからと私は宥めた。もし、また被害に遭ったときは今度こそ警察に相談するということで、何とか事を荒立てるまでにはいかなかった。  何だか色々な事があって、気分が昂ぶっていたからか、まだ険しい顔をする両親に向かって私は「あのさぁ……」と口を開いていた。 「こんな時に、言うことじゃないかもしれないけど」  両親は怪訝な顔をする。私は一呼吸置いてから、「リクを返したくない」と言った。  両親が一瞬、虚を突かれた顔をする。だけどすぐに、「そのつもりだったけど」と、母が困った顔をした。  そんな母の一言に、私は思わず「えっ」と頓狂な声をあげる。 「だって、もうリクは家族の一員じゃない」  ねーと、母がリクに向かって言う。リクは答えるように「わん」と鳴く。 「そっか……そうだね」  私は隣でお座りしているリクの頭を撫でる。 「リク……ごめんね。今度こそ、よろしくね」  自分都合でリクを預かったことを詫びて、今度こそ心から歓迎の意味を込めて伝える。  リクは「わん、わん」と二度吠え、丸まった尻尾がぶんぶん横に振った。  まるで当たり前だろ、と言ってるようで、両親と私は揃って笑った。
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