私は犬が嫌いだった

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 すでに用意してあった大きめのゲージに、ブリーダーが柴犬を誘導する。 「まだ来たばかりなので、取りあえずしばらくの間は静かに様子をみてあげてください」  それから餌やトイレ砂などを置いて、彼女は帰っていった。  ブリーダーの心配をよそに、柴犬は早速ゲージに置いてあったヒヨコのぬいぐるみに噛みついて遊び始めていた。 「名前はどうするの? わんちゃんって呼ぶわけにいかないじゃない」 「……ゴンとかどうだ?」  普段は寡黙な父が積極的に意見した。私は唖然としながら、二人を見た。 「ちょっと古いわよ。健太とかどう?」 「人間につける名前みたいじゃないか」 「そうかしら。ほら、二軒向こうの杉浦さんちなんて、ケンシロウって名前よ」 「そうなのか。でもなぁ……」  うーんと二人が考え込む。私はハッとして「ちょっと待って」と言った。 「まだ飼うわけじゃないんだよ。名前つけたら、情が移っちゃって手放せなくなるかもしれないじゃない」  一週間という期限付きの関係なのだから、あまり深入りするのは良くないはずだ。飼うとなると話は大きく変わってくるのだから。 「そうは言ったって、名前がなくちゃ呼べないじゃない」  母が不服そうな顔をする。 「おいはちょっとなぁ」  そう言う父は母に対して、普段は「なぁ」と言ってる。そんな人間のする発言じゃないと、私の眉間に皺が寄った。 「じゃあ、菜緒が名前を決めてよ。あなたが言い出しっぺなんだし」 「そうだな。その方がいいな」  母の言い分に父が賛同する。まさかこんな事になるとは思っていなくて、私は「なんで私が」と不満を零す。  元はといえば、元彼が悪い。つけ回してくるせいで、私は嫌いな犬を飼わなければいけなくなったのだから。 「じゃあ、ジョンで」  私は適当な名前を言った。よく映画で犬を呼ぶときに聞く名前だったからだ。 「ジョンって」  二人は顔を見合わせる。 「どうなのかしら。柴犬なのに」 「……そうだな」  難色を示す二人に「じゃあ、二人で考えれば」と言い残して二階へ向かった。  自室へ入ると、急に罪悪感が押し寄せる。そもそも、両親からしたら私が言い出したのだから、当然の言い分だった。それなのに反抗期みたいな態度が大人げなかった。
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