私は犬が嫌いだった

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 公園を出て、少しだけ寄り道をすると、家路に向かって歩き出す。  家までの道のりで、元彼の気配はいつの間にか消えていた。犬を連れていたのが功を成したのかもしれない。  それから私は毎日、朝は父と、夕方は一人で散歩に出かけていた。リクはすっかり家に慣れたようで、悪戯をしては母に怒られていた。 「リクったら悪戯すると、知らん顔するのよ」  母はそう言って、呆れたようであって楽しんでいるような口調で言った。私は初めて犬にもそんな人間に近い感情があるのだと驚いた。楽しい、悲しいぐらいはあっても、そんな拗ねるとか気まずいみたいな細やかな表情があるとは思っていなかったのだ。  飼ってみて初めて、私は犬が表情豊かな生き物である事を知ったのだ。  おやつが欲しいと、リクは母の足元でグルグル回り、遊んで欲しいと私の所にボールを運んで来た。散歩の時間を覚えたのか、朝と私の大学帰りには、玄関で「ワン」と吠えて急かしてくる。時にはリードを持ってくる時だってある。  容赦ない訴えに、私は呆れながらも愛らしくも感じ始めていた。  きっと両親もそうなのだろう。私はどちらかと言えば、小さい頃から大人しい方だった。わがままも言わなければ、相談事もしない。今だって、ストーカーにあっているということを両親に言えずにいた。  だからこそ、自分のしたいこと、して欲しい事を言葉が通じないと分かっていても必死で訴えてくるリクの姿は両親にしたら、健気で可愛い存在に感じるのかもしれない。
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