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お別れが明日に迫った夕方。
私はリクを連れて散歩に出かけた。今ではすっかり慣れて、リクが勝手に行こうとするのを「駄目」と言って引き留めることも出来るようになっていた。
リクの方も散歩に慣れたのか、以前よりは落ち着いているように思える。
明日にはブリーダーが来て、リクを連れて帰ってしまう。そう思うと何だか寂しい気持ちにもなっていた。ペットは家族というけれど、この一週間確かに私たちは家族だった。
いつもと同じ散歩コースをリクのペースに合わせてやや足早に回る。行きつけの公園や河川敷を過ぎると住宅地に戻ってくる。あと少しで終わってしまうのが、何だか名残惜しくもあった。まるでリクみたいだと、何だか可笑しかった。
家まであと少しとなった、住宅街の曲がり角。ちょうどそこから曲がってきた見覚えのある男の姿に、私はハッとして足を止めた。
リクのリードがピーンと張って、リクも足を止めた。
元彼も私の顔を見るなり凍り付いたように、動きを止めた。それから一歩後ろに下がった。
「……犬、嫌いじゃなかったの?」
数ヶ月ぶりに元彼が、私に向けて言葉を発した。
「……嫌いだったよ」
「今は平気ってこと?」
私はリクを見る。黒いつぶらな瞳が、私を見上げていた。
私は頷く。心臓が嫌な音を立て、リードを握る手がじっとりと濡れていた。
元彼がどう出るのか分からなかった。何もされていないのに逃げるのも変だし、それにリクがいるのに引っ張って逃げるのは難しいように思えた。
元彼が一歩足を踏み出す。私はえっ、と後じさる。
どうすれば良いのか分からずにいると、リクが突然「わん」と大きな声を出した。それから私の前に出て、立て続けに何度も吠えた。挙げ句の果てには、ウーとうなり声を出していた。
元彼が踏み出した足を引っ込めて、後ろに下がった。
「リク! リク!」
今までにないことに、私はリードを引いた。それでもリクは、何度も吠えていた。私の前で小さい体を盾にして――
その姿に私は、リクが私を守ろうとしているのだと気付く。
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