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店の奥からコーヒーの香りが漂ってきて、早苗は鼻をくんっと無意識に動かす。ほっとする優しい香りが鼻腔をくすぐった。
「お待たせしました。お砂糖、ミルクはいかが致しますか?」
「ミルクだけ……」
湯気と一緒に上がってくる芳醇な香りに包まれ、先ずはブラックでコーヒーを口に含み、こくんと喉を鳴らす。
滑らかな舌触りに心地良い苦みを感じながら、ステンレス製のミルクピッチャーを人差し指と親指でつまみ、ミルクを注いだ。
くるりと銀のスプーンを回すと、乳白色の筋が漆黒の上で渦巻き状になり、ゆっくりと亜麻色に変化する。
コトリと音がした。
目の前に黒い皿が差し出され、顔を上げると着物の女性が優しげな笑みを見せる。
「サービスです」
お皿の上にはメレンゲのまん丸クッキーが3個。
「コーヒーとよく合いますよ」
「……あ、ありがとうございます。あの……素敵な喫茶店ですね」
「ありがとうございます」
女性の透き通るような肌に色づく淡桃色の頬が少し緩む。
美人はどんな表情でも絵になるのね。
「店名の『ヨウコ』はお姉さんの名ですか?」
「…………はい。私が『ヨウコ』です」
不自然な間を置き、着物の女性……ヨウコはにっこり微笑みを作った。その美しすぎる微笑に早苗は頬を赤らめ、慌てて店内に視線を移す。
「お店、レトロでいいですね」
普段の早苗なら、見ず知らずの人にこんなに話し掛けたりはしないのだが、心の奥にある寂しさが自然に言葉を吐き出させた。
「ありがとうございます。コーヒーお好きなんですか?」
「あっ……はい……えっと……彼……いえ、知人が好きで……」
「そうでしたか。うちはコーヒーには自信がありますの。よろしければ、今度、その知人さんともいらしてくださいな」
ヨウコの言葉に早苗は目を泳がせ、言い辛そうに話し始める。
「いえ……あの、別れたんです…………今日」
ふらりと入った喫茶店で、私は何を言ってるんだろう……そんな事を思いながらも、早苗の口は止まらない。
「振られちゃったんです」
強がった笑顔からポロリと一粒涙が零れた。震える手でカップの取っ手を持ち、コーヒーを一口飲むと、溜まっていたものが爆発したかのように一気にまくし立てる。
「大学で初めて彼氏ができたんです。嬉しかったんです、告白されて。私みたいなのでも、男の人に好きになってもらえるんだって。でも…………美人に告られたからって、お前はいらないって、彼女がいない間の暇つぶしになったって…………私が綺麗だったら振られなかったのかなって……どう足掻いたって私が綺麗になれるわけない。元がこんな顔じゃ……」
溢れ出る涙が止まらず、隣の椅子に置いてあった茶色の鞄からハンカチを取り出し、目を押さえる。
こんなところで泣くなんて……と思う反面、ずっとぐるぐる頭の中で回っていた毒を吐き出したような、すっきりした気分にもなった。
そうか……私、泣きたかったのか……
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