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山邑千代という女
「土方さん。おはようございます。」
「おう。今日も早いな。」
いつから起きているのか、早朝だと言うのに顔の汗を拭いているのは、3か月前に屯所に訳ありで住み始めた山邑千代。
「土方さんは、相変わらず徹夜ですか?」
「まあな。けど大したことねえよ。顔洗ってくる。」
"顔を洗う前にしっかり寝てほしいのに…。"なんて言葉は、聞こえないふりをして、裏にある井戸まで向かう。上の服を脱いでから井戸の水を汲み、頭にかける。これが眠気覚ましには丁度いい。
「土方さん。ちょっと退いてください。」
「…総司か。」
後ろから突然知る声が聞こえ、咄嗟に横にずれる。
「はい僕です。何か?」
「嫌、なんでもねえよ…。」
「もしかして考え事ですか?」
「ああ。」
「何を考えてたんです?」
「仕事の事だ。」
「へえー。僕てっきり、山邑さんのことかと思いました。」
「なんで山邑が出てくる?」
濡れた顔と体を拭く手を止め、総司を睨む。
「だって考えてくださいよ。山邑さんは千鶴ちゃんと一緒に来ましたよね?千鶴ちゃんは父を探すため。山邑さんはそのお手伝い。」
「だからなんだ?特に悪いもんでも無いだろ。」
「まだ分からないんですか?土方さんって本当に馬鹿なんですね。」
「お前な…。」
総司は、呆れたように井戸にもたれ掛かる。
「だから、"本当に山邑さんは、千鶴ちゃんのお手伝いのためにここにいるのか"って事ですよ。」
「なんだと?」
「なんかあの人好きになれないんですよね〜。千鶴ちゃんと歳は変わらないし、パッと見普通の女の子なんですけど。」
「……何が言いたい?」
「あれ?土方さんなんか怒ってます?もしかして山邑さんに情が移ったとか無いですよね。」
煽るような総司の言葉に、だんだん怒りが湧いてくる。山邑がなんだ?山邑が何をした?山邑をなぜそこまで疑う?
「土方さん。今すっごく怖い顔してますよ。」
「……。」
これ以上は聞いてられない。服を整え、手ぬぐい片手にその場を立ち去った。
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