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おじいさんと竜
竜が目を覚ますと、ぼんやりと天井が見えて、それがしばらくするとくっきり目に映るようになった。
明るいレモン色の天井に、やわらかな橙色の電球が下がっていた。
竜はゆっくり首をもたげて、あたりを見回した。
小さな家の中だった。
こぢんまりした木のテーブルと椅子、小さな窓とドア、ベッド、部屋の中はそれで全部だった。
自分の体を見下ろすと、傷になっていたところには丁寧にやわらかな布が巻かれていて、おまけに体にもふもふの布団がかけられていた。
部屋の中もあたたかいけど、布団の中はぽかぽかして、もっとあたたかい。
竜はもぞもぞと布団の中に首を入れて、なるべく体が全部入るようにした。
そこへドアが開いて、ほくほくといい匂いがして、ひとりのおじいさんが入ってきた。
「ああ、目が覚めたかい?」
おじいさんはしわくちゃに埋もれた目をもっとしわくちゃにして笑い、竜のそばまで歩いてきた。
そして、手に持っていたお皿を、ことりと竜の前に置いた。
「竜がうちに来たことなんてないからねえ、どんな食事をするものかわからないけれど」
おじいさんはそう言いながら、にこにこ優しく笑っていた。
おじいさんの声はほんのりとやわらかくて、陽だまりの匂いがした。
竜はゆっくり目を瞬かせる。
おじいさんは「食べていいんだよ」とお皿を指さした。
竜はゆっくり首を傾げた。
いつもご飯は、一人でインスタント食品を食べるか、台所から食べ残しを見つけて食べるか、何も食べないかだった。
誰かにそうして、ごちそうの入ったお皿を優しくもらったことがなかった。
「食べ方がわからないのかな?」
おじいさんはまた優しく笑うと、手でごはんをすくって、「ほら」と竜の口へ持ってきた。
ああ、食べていいんだ。
竜は少しためらってから、そっとおじいさんのてのひらに口をつけて、ほんのひとくちだけご飯を食べた。
甘くて、甘くて、美味しい味がした。
ごくりと飲み込んだ瞬間、竜の淀んだ眼に、はるか彼方の星屑のような、ほんの小さなかすかな光が一瞬煌めいた。
けれど竜は、それ以上食べなかった。
こんなにおいしいものを独り占めしていいんだという考えは、竜にはなかった。
「もういいのかい? おなかの調子がうまく戻ってないのかな。いいよ、ゆっくりお食べ。好きな時に好きなだけ食べていいから」
おじいさんはそういうと、てのひらに残ったご飯をお皿へと戻し、ご飯を乗せなかった方の手で竜の頭をなでた。
あのときの、ぬくもりがした。
竜はぱちっともう一度瞬きをした。
あれは、てのひらだったんだ。
あのとき、触れてくれたのは。あのあたたかさは。
知らなかった。
人の手って、あったかいんだ。
こんなにこんなに、あったかいんだ。
もう一度瞬きをした。
その拍子にぽろっと、何か濡れた小さなしずくが目からこぼれたけれど、あまりに小さかったので、竜もおじいさんも気づかなかった。
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