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「え、あ……その……」
「ほら、早くなさい」
「あ、あの、すみま……」
もう素直に謝ってしまおうと思っていたら、「先生!」と男子のよく通る声が、私の言葉を遮った。
声の主は私のすぐ左隣の黒須君だった。長い手を真っ直ぐに挙げている。
「黒須君、何かしら?」
「天野さん、体調悪いそうなので、保健室に連れて行ってもいいですか?」
喉元まで出かかった「え?」をすんでのところで飲み込む。これはきっと黒須君からの助け舟だ。
「あら、そうなの? なら行ってらっしゃい」
黒須君には甘い毒島先生は、さっきよりツートーン高い声ですんなり許可を出してくれた。
「先生ありがとうございます。じゃあ行こうか。歩ける?」
「う、うん……」
心もちゆっくりと立ち上がり、黒須君と共に後ろの出入口へと向かう。本当に助かった。まあ、朝からずっと軽く耳鳴りがしているから、体調不良もあながち嘘じゃないけれど。
「あの、助けてくれて本当にありがとう」
隣を歩く黒須君にお礼を言うと、「どういたしまして」とやわらかい笑顔が返ってきた。あまりに甘くて綺麗だから、なんだか頭がぼうっとしてしまう。
「困った時はお互い様だよ。誰でもぼんやりしちゃう時、あるもんね」
「黒須君でもあるの?」
「そりゃあるよ。例えば……」
「例えば?」
聞き返したら、黒須君はほんの少し困ったように眉を下げて笑った。
「例えば、探し物がどうしても見つからない時、とかかな」
「探し物?」
「そう。ずっと探してるんだ」
私が「何を?」と尋ねると、黒須君は少しだけ考えてから、
「しっぽ、かな」
と楽しそうに笑って答えた。
しっぽ? 一体何のしっぽだろう。でも、なんとなく答えてくれない気がして、聞き返すことはしなかった。
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