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この世界の正体
あの時何が起きたのか。何が世界に起こっていたのだろう。問い質す前に装置に押し込められ、うなされているアオイの顔を大きな舌が舐めた。
「うわ、は、ダル。おはよう」
そこは昨日夜食を食べた焚き火の近く。アオイは変わらない非日常にため息をつき、ふとヤナギがいないことに気がついた。
モーテルに戻ると多少人気があり、その奥でヤナギはバイクの前に蹲っている。
「ばふんばふん」
ダルが駆け寄っても素っ気ないヤナギを、アオイは不思議に思った。
「ヤナギどうしたの」
ヤナギの顔は暗い。
「どうしたもこうしたも。ネジが1個足りないんだ」
ヤナギが指したタイヤのホイールに、一つだけ何もハマっていない穴がある。
「本当だ。確かレースでも故障してたよね」
「不具合が出た。しまったなあ、新しい部品頼んでも一ヶ月はかかる」
途方に暮れるヤナギにアオイもダルも事の重大さを感じて黙る。出場予定のレースは一週間後だ。
「他に手はないの」
「はあ。近くの町で部品探すしかないけど。痛い出費だよ。悪いね、本当だったらこの後アオイのこと知っている人がいないか街に行く予定だったのに」
「え、そんな、悪いよ」
嬉しい話だったが、そもそもこの世界に自分を知っている存在がいるかすらも分からない。
自分のことで手一杯な筈なのに気配りのできるヤナギに、同情と無力感で一杯になる。
「ちょっと休憩するわ。もう七時だし」
「まだ七時じゃなくて」
「起きたの四時だから」
昨日レースをしたのに、なんて早起きだろう。しかしヤナギの精神は疲労しており、とぼとぼとモーテルに戻った。
ヤナギの笑顔のない横顔が脳裏に焼き付いて離れない。アオイは決心し、背後に遠いマゼンタの街、そしてモーテルと太陽の位置を確認して、進むべき道を割り出す。そこからは、アオイは突き進むだけだった。
「あうふん」
ダルがあとをついてくる。大きな尾を振る姿に頼もしさを感じる。
「俺が迷ったらモーテルまで案内してよ」
ダルは鼻を鳴らして得意げだ。そのまま進み、地下洞窟の出口に辿り着いた。ヤナギのバイクで脱出した坂の付近に近づき、跪いて砂の中を探る。
アオイに確信があるわけではなかった。だが、何もしないままでいる事も出来ない。ヤナギという、偶然出会った友人に何かできないかと思い立ったらここにいた。直射日光に頭皮を焼かれ、汗が顔を伝って滝のように流れていく。
「あおんおんおうん」
ダルはアオイを心配していたが、やがて鼻先を砂に突っ込んであたりを捜索し始めた。小さな熱を持った砂粒をかき分け、見たこともないネジを見つけようと躍起になる。しばらくすると、遠くからバイクの音が聞こえてきた。
「あんた何してんだい」
モグラ婆が小さなバイクに乗ってやってくる。アオイは顔を上げると、風が当たって少し気持ちが爽やかになる。
「探してるんです。ネジを」
「こんな広大な砂漠からかい」
アオイは大真面目に頷く。
「はい。あ、あの、昨日は泊めて下さってありがとうございます。俺、あのまま寝ちゃったからお礼も言えずに」
ふらつきながら立ち上がり、よろよろとアオイはお辞儀した。
「いいよ礼なんて。持ちつ持たれつさ。あんたにはうちの娘が世話になってるから」
モグラ婆の言葉は分からなかったが、会釈して再び捜索に戻った。すると、指の先に砂粒ではない固い感触があり、脳の神経がしびれる。これはと思い持ち上げると、それはキノコ状の小さな部品だった。
「これ、これがバイクの部品ですか」
モグラ婆の目が見開く。するとアオイの視界が勝手に空を向いた。自分の意思と関係なく、向かされているのだと気づく頃には、足が砂の中に引きずられている最中だった。
「危ないっ」
モグラ婆が言うや否や、アオイの体は砂の層の薄い部分をすり抜けていった。砂のじゅうたんに呑まれ吐き出された先は、地下洞窟の天井だった。およそ4メートルの高さから落下し、衝撃を砂の床が吸収するが、アオイは地面を転がって行った。
痛みに耐えながら手の平を開けると、しっかりとネジが握られている。アオイはほっと安心のため息を吐いた。そんな彼の背中に声がかけられる。
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