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「おいおいおい。なんだあ、空から珍しいもんが落ちてきたなあ」
振り返ると、にやけ顔のアガットがいた。思わずゲッと顔が引きつる。
「そこから動くんじゃないよ」
「あはんはん」
天井からモグラ婆とダルの声がした。アガットはアオイの手を驚いた表情で指す。
「お前、なんだそれ」
ネジを握っていた手を見る。問題はその下だ。視線が下がり、手首のあたりを痛めたのか動きづらい。それ以上に、服が破け腕の皮膚がむき出しになっていた。なんとそこはバチバチと音を立て、灰色の内部が見えているのだった。
度を越えた痛みはない。だが、その異常な状態に腰が抜けてしまう。まるで生き物ではないみたいだ。それは、まるでヤナギやアガットが乗っていた、機械そのもののような。
「たかが一勝ぐらいで浮かれんじゃない。たまたま宿敵がいなかっただけだろ。出てきなさいアガット。おや」
硬直する二人の間に、何も知らないクラベット婦人が現れた。咄嗟にアオイは腕を隠す。
「お姉さま」
態度の悪いアガットの口から聞き慣れない言葉がもれる。クラベットはアガットに見向きもせず、アオイに笑いかけた。
「貴方、たしかヤナギ選手のご友人ではなくて。どうしたの、そんなところにうずくまって。ほら、お手を出して」
レースに包まれた細い手を、傷のない方の手で掴み立ち上がる。クラベットは微笑み、有無を言わせずアオイの手を自然に引いた。
「すいません、お邪魔したみたいで。すぐに友人が来てくれるので、ここで待ちます。お気を遣わないで下さい」
そう言っている間も手を引かれ、ずんずんと洞窟の奥を進んでいく。そこは以前目覚めた洞窟だったが、研究服を着た人間や人間らしき姿の人々が多くいた。
「とんでもない。人間どうし仲良くしましょう。ただでさえこの社会では生きづらいのよ、貴方もそう思うでしょう。こんな世界は間違っている」
連れてこられたのは、アオイが入っていた装置の前だった。装置の蓋が壊されたままの状態で、その近くには白衣を着た人間が複数人いる。
「ここでなにをされてるんですか」
おずおずと尋ねるアオイに、クラベットの目が光る。
「私たち人間はもともと支配者側だったことをご存知かしら。動物を従える側だった」
周りの研究員やアガットがちぎれるんじゃないかと思うぐらい頭を上下させる。神妙な面持ちに寒気がした。
「はあ、それは」
そんなことは承知の上だ。この世界のあべこべな人間と動物の関係には、アオイ自身辟易している。クラベットはそんなアオイの態度すら、お見通しと言わんばかりに
「平静ね。私はこの事実にたどり着いた時、心底驚いたわ。二足歩行は人間の特許なのに、今ではどの生き物も自分のモノみたいに。可笑しいわよね。人間を毛嫌いしてるくせに、人間のモノマネなんて」
たしかにクラベットの言い分も最もだった。しかし、アオイの頭には優しくしてくれたヤナギやモグラ婆、コルクの顔が浮かんでくる。
「嫌っている人ばかりじゃないですよ。コルクさんやもぐら婆さんは、俺に優しくして」
言いかけて、クラベットの顔がキッときつくなる。
「あいつらを人と言うな」
クラベットの怒声にアオイは体を硬直させた。しかし、周りのクラベットの仲間たちは、相変わらず頷くばかりだ。
「あ、あの」
腰の引けてしまったアオイに気づき、クラベットは瞬時に顔を和らげる。手品のような素早さだ。
「ごめんなさい。辛いことが多いんですもの。ヒトがまっすぐ育つ環境なんてここにはないから」
ふとヤナギの顔が浮かぶ。親に捨てられたと言っていたが、モグラ婆とダルと一緒に暮らしている心優しい友人だ。アオイはその言葉を無言で否定する。きっと反論しても、クラベットには届かないだろう。
「俺そろそろ行かないと」
踵を返すアオイに、クラベットは軽やかに驚いた仕草を見せた。
「あらそう。引き止めてごめんなさいね。最後にお聞きしたいのだけど、貴方ご出身は」
アオイは思わず蓋の破れた装置を見てしまう。どこ、と聞かれてもその装置で目覚めたなんて口が裂けても言えない。しかし、婦人の観察眼は鋭かった。
クラベットは視線でアオイの背後に構えたアガットに指示し、彼の腕がアオイを捕らえた。
「わ、なんだ」
アオイは暴れるが、アガットの方が体格は大きく力も強かった。ビクともしない。
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