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「お姉さま、こいつの腕を見てください。人間じゃねえ」
アガットは無理やりアオイの怪我をした腕を見せつけた。剥き出しの皮膚は、機械のように灰色だ。周囲にいた研究員たちがどよめく。
「この装置は長い間外からの力でも開きはしなかった。そうね、内側から開けたのかしら。ロボットさん」
ロボットさん、だって。手がわなわなと震える。胸の嫌な予感を揺らすには十分な言葉だ。アオイは不安を紛らわすように怒鳴った。
「出鱈目だ。俺はつい昨日ほど、この装置の中に押し込められた」
焦るアオイを楽しむようにクラベットは優雅に笑う。
「あら。それは勘違いよ。事実を教えてあげるわ。この装置はね、研究員によるとおよそ一万年も昔から存在していたの」
莫大な数字に頭が回らない。父とつい昨日まで笑って過ごしていたのが、一万年も前だって言いたいのか。あんなにも鮮明な記憶なのに。
「ケタが、多いんじゃないか」
辛うじてそう言い返すしかなかった。ほうけたアオイの顔を、クラベットは愉快に笑う。同胞ではなく、ただの道具を嘲る様な笑みだった。
「うちの研究員は優秀よ。ごみ溜めで蹲っている奴らとは訳が違うわ。混乱しているようね。大丈夫よ、私たち人間の代表が貴方を有効活用してあげる」
傲慢な笑みに、アオイの胸がざわめいた。
「何言ってんだよ」
「貴方の体には未知なる技術が沢山あるに違いないわ。それを私たちが使うの。まず四肢をバラして、頭と心臓、神経の仕組みを見てみたい。そうそう、私も最初貴方が人間だと思ったの。皮膚の具合も剥がして調査しないと」
クラベットの目がギラギラとアオイの体を見る。財宝でも見つけたような顔だ。対してアオイは恐ろしい提案に身震いがした。
「お姉さまの役に立てるんだ。光栄に思えよロボット野郎。あ、ロボットってどういう意味ですか」
アガットの質問にクラベットは頭に手をやる。アオイとクラベットの間にあった緊張が微かに緩んだ。
「はあ。あんたが乗ってるバイクみたいなもんよ。機械ってこと」
アガットはクラベットの苛立ちに気づいていない。呑気にアオイをジロジロ見た。
「へえ、こいつが。ヒトにしか見えないけどよお。バイクっつっても操縦できそうもないし」
「あーもう黙りな。知性が濁る」
ぶおんと、突如獣の威嚇のようなエンジン音が響く。クラベットが振り向くと、そこには小さくともこちらに突進してくるバイクがあった。
「うおっと危ねえっ」
アガットが仰け反り、バイクに乗っていたモグラ婆がアオイの胸ぐらを掴んで走り出す。狭い座席に体を押し込み、バイクは走り続けた。
「逃がすんじゃないよ」
クラベットの声が徐々に遠くなる。アオイはモグラ婆の胴に腕を回し、必死に掴んだ。
「あんたドジ踏んだね。まさかクラベットの奴が来てたなんて」
「た、助かりました」
モグラ婆は更にギアを捻ってスピードを上げた。追っ手は来ないが、用心に越したことはない。
「あいつはおっかないよ。ヤナギの事も欲しがってた。ヒトを集めたがる蒐集家さ」
ダルがアオイの頬をべろりと舐めてくる。すると、バイクの速度が更に一段階上がった。向かう先は出口の坂だ。
もしかしてヤナギのバイクと同じことをするつもりか。こんな小さなバイクでなんか、出来っこない。
「わ、こんなバイクじゃ無理です」
「しっかり捕まっときな」
バイクは迷わず坂を滑り、上空に向かってその車体を元気よく飛ばした。バイクが、坂を昇って宙を舞う。しかし着地の瞬間は、実に静かで安定したものだった。
砂地を何事もなく進み、アオイはつぶっていた瞼をゆっくりと開けた。肺から安堵の息が吐き出される。
「はあ、死ぬかと思った」
モグラ婆はアトラクションでも乗った後のように、豪快に笑っていた。
「どんなもんだ。あたしの腕も捨てたもんじゃなかろ」
モグラ婆は愉快に笑う。ダルも舌を出して呑気な顔だった。
「くうん」
ダルの鼻先が不安そうにアオイの握り拳に向けられる。
「ちゃんと持ってるって」
アオイが手を離すと、そこには一本のネジが握られている。
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