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いけない。自制したつもりだったが、意外に大きな声になってしまったようだ。
私は床に膝をついて、エミリィと目の高さを合わせた。
「前にも言ったように、パパとママは別居中だ。エミリィは、いままで、ママといっしょだった。それを、少し……ほんの少しだけ、強引に連れてきてしまった。それは謝るよ。でも、安心していいよ。ママも、じきにこっちに来てもらうから。ね?」
エミリィが、七歳という年齢に似合わない疑わしそうな目を、私に向ける。その間も、ラッキーをぎゅっと抱きしめたままだ。
「本当だとも。嘘は言わない。いま、ママと懸命に話しあっているところさ」
もちろん、嘘だ。話しあってなどいない。
ただし、ママがここへ来るというのは本当だ。
「さあ、ちょっとおさらいしようかな。ママの名前は? 何て言ったっけ?」
エミリィの目が泳いだ。頼りなさそうに、右へ、左へと動く。そして、ようやくのことで、思い出して、答えた。
「……スーザン」
「そう、スーザンで正解だ。じゃあ、パパの名前は?」
今度は、目は泳がなかった。エミリィは目を伏せて、汚いものでも吐き捨てるように、
「アーサー」
と答えた。
「そう、いい子だ。ちゃんと覚えているね。じゃあ、この子犬は?」
「ラッキー」
「そう、ラッキーだ。ラッキーは雑種だけど、とても賢いよ。エミリィがしつけてあげれば、ちゃんと言うことをきくよ。さあ、今日も、お散歩の時間だ。エミリィは、ラッキーのリードを、きちんと持っていられるかな?」
エミリィは探るような目を私に向けてくる。
その目をじっと見かえす。青いサファイアのようにきれいな目だ。
私が見つめ続けると、根負けしたように、エミリィはうなずいた。
「よしよし、いい子だ」
思わず、金髪の頭を撫でてやろうとする。
エミリィが身をよじってよけた。
私は深追いしなかった。
焦る必要はない。
私は、宙に浮いた手を、そのまま少し下げた。指先が、エミリィののどへ向く。
自分の首の前に来た手から逃れようと、エミリィがラッキーと抱きあったまま、後じさりしようとする。背中が彼女のベッドの端にぶつかった。
「おやおや、怖がることなんて、ないんだよ。今日は、そいつを外してあげようと思ってね」
私はすばやくズボンのポケットから一本の鍵を取りだした。その鍵を使って、エミリィの首輪を外してやった。
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