10 方向性

1/1
前へ
/20ページ
次へ

10 方向性

 3人が黙ったまま立っていると、フウもニコニコしたまま3人を見ている。 「えっと、ですね」  アランがとにかく何かを言わないと、と口を開くが、さて、何からどう話せばいいのか。 「怖くなかったんですか、自分で実験するって」 「怖くないことはないですね」 「ですよね」  アランは自分が実験台になった時のことを思い出す。 「ですが、では誰でやればいいかということになります」 「それはそうですよね」  アランは自分が実験台になった時のことを思い出す。 「それで、うまくいったわけですね」 「ええ、まあ、うまくいくだろうとは思っていましたが、できた時はうれしかったですねえ」  そこは違うなとアランは思った。 「その薬を誰にどう使うとか知ってたんですか?」 「いいえ」 「作ることに不安はなかったんですか?」 「何の不安でしょう」 「いや、だって、どこの誰にどう使われるか分からないでしょう」 「キリエ様がお使いになるのですから、そんなことは考える必要もないことだと思いますけどね」 「それほどまでにキリエさんを信頼しているってことなんですね」 「ええ、もちろんです」  フウの返事には淀みがない。 「それで、そのキリエさんの命令で俺たちの味方になるってことなんですか?」 「ちょっと違いますね」 「違うんですか?」 「ええ、キリエ様はそんなことは一言もおっしゃっていません」 「じゃあ、なんでです」 「キリエ様はこうおっしゃいました。セルマとミーヤの助けになってやってくださいと」  確かに命令ではない。だが、それはもしかすると、同じ係の取りまとめとして、という意味ではないのだろうか、とアランは考えた。 「あの、それは、同じ係の取りまとめとして、という意味ではないのでしょうか」  同じことを思ったようで、ミーヤがそう質問する。 「同じ係になったのなら、助けるのは普通のことですよ。特にそんなことを言う必要もないのでは?」 「え、ええ、それはもちろん」 「そこをあえて、そうおっしゃったのです。私に2人を助けてやってくれと。だから私はどうすれば助けになるかを考えました」  3人は黙ってフウの言葉に耳を傾ける。この変わり者の侍女の考えを知るには、それしか方法がないからだ。 「まず、セルマとミーヤ、この2人の助け方は違うと思いました。セルマに対しては宮で孤立してしまわないように、その上で神官長と接することがないように。もう二度とあちらに戻らないように。それが助けかと思います」  言うのは簡単だが、なかなか簡単ではなかろう。 「そしてミーヤ、こちらが厄介です」  フウは目をつぶって頭を左右に振り、やれやれというように肩を一つ上げて下げた。 「何しろ色々なことを抱えていますからね。ですが方向としては分かります」 「方向ですか」 「ええ、方向です」 「それは、どういう意味なんでしょう」  アランがなんとなく警戒しながら聞く。 「一言で言うと、キリエ様の敵になる方向ですね」 「ええっ!」 「ほらまた。本当にハリオさんは修行が足りてませんね。私が敵だったら一番に目をつけますよ? 本当に凡人ですね」 「す、すみません」  凡人ハリオがおどおどとと頭を下げる。 「キリエ様の敵になるとは、一体どういうことなのでしょう」  ミーヤが深刻な顔でフウに尋ねた。 「さあ、分かりません。ですが、自分は敵になるから、私に助けてやってほしいとおっしゃったんだと理解しました」  本当なのだろうか。3人は顔を見合わせる。  フウがいかにキリエを信頼し、尊敬しているか、それは先ほどの薬の話で理解できた。だが、そのキリエに言われたからといって、キリエの敵になるようなことがあるのだろうか。 「あの、そんなことして平気なんですか?」  ハリオが率直に思ったことを口にする。 「平気かどうかと聞かれたら、平気ではありませんね。ですが、キリエ様の信頼を裏切るぐらいなら、敵になった方がましですから」  全く理解できない。 「俺だったら船長に敵になれって言われても無理だけどなあ」  ここはハリオの凡人な感想の方が理解できるとアランもミーヤも思った。 「そもそもディレン船長は敵になれ、などとおっしゃらないのではないですか? キリエ様だからこそです」  フウは得意そうに胸を張るが、自慢するようなことなのだろうか。 「まあ、とにかく、そういうことなのです。ですから、そろそろ出ていらっしゃってもいいのではないのですか?」 「誰がです?」  アランが誰のことかが分からない、という調子で聞く。 「決まってます。って、どちらがボスなんでしょうかね?」 「ボス?」 「ええ、リーダーのトーヤさんか、それともご先代のどちらが一番上でしょう。私の感覚だとどうしてもご先代が一番上だと思うのですが、外の世界では違いますよね。あ、ベルさんは申し訳ありませんが一番下っ端です」  その言葉を聞くなり、主寝室の中から笑い声が聞こえ、扉を開けて誰かが出てきた。トーヤだ。 「一応俺が一番上でいいと思います」 「トーヤ!」  後ろからそう言って、追いかけるように飛び出してきたのは「下っ端」のベルだ。 「あら、なかなかの男前。ですが、やっぱりアランさんの方がいい男ですね」  それが素顔のトーヤを見たフウの第一声だった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加