消える

1/1
前へ
/17ページ
次へ

消える

「カヤン、どこ?」 階段を駆け上がってくる足音と共に、私を呼ぶヒロヨシの声がした。 「ここだよ」 私は、最初にヒロヨシと出会った工場の2階の隅の壁の前にいた。 「こんなとこにいたんだ」 「うん、懐かしいなって。でね、今描きたしてるとこ」 私はヒロヨシが置きっぱなしにしていたクレヨンで、壁に絵を描いていた。花いっぱいの野原の真ん中で私と手を繋ぐヒロヨシ。あのモヤシみたいだと言われていた頃のヒロヨシ。 「そんな小さい頃の俺?」 「可愛かったからね。そういえばさ、いつの頃からか“僕”が“俺”になってたね。立派に成長しちゃって」 「なんか、親みたいな言い方」 「友達兼保護者かな?」 壁の絵を見つめたまま、何も言わないヒロヨシ。 「なんか……あった?」 「なぁ、カヤン、カヤンはここからは出られないの?」 泣きそうな顔で私に問いかけた。 「多分ね。一度試したことあるんだけどさ、敷地から出ようとしたら消え始めたんだ、この体」 「そうなの?」 「そう。でも別に困ることもなかったから」 しばらくの沈黙。 「あのさ、カヤン。俺、遠くに引っ越すことになったんだ。そんな簡単にはここに来れなくなる、だから……」 _____なるほど、神様はこんなふうに私と引き離すんだね 「大丈夫だよ、きっとまた会えるよ。だってほら、ここは奇跡が起こる街なんだから。それにほら、コレあげるよ。どこからでもここに来れる切符」 私は、ずっとショルダーバッグに入れていたあの切符を差し出した。 「でも、さ……」 何かを言いかけたヒロヨシが、そのままぺたんと倒れ込んだ。 「ちょっ!ヒロヨシ、どうしたの?ねえ!」 抱きかかえて驚いた、ヒロヨシの体が熱い、尋常じゃなく。 「すごい熱!どうしよう?」 このままこんなところにいたら、誰にも見つけられなくて悪化してしまう。ここは街の中心から遠く離れた、それも誰も寄りつかない廃工場の奥。 とにかく、誰かに見つけてもらわないと。 私はヒロヨシをおんぶすると、ゆっくりゆっくり外に出ることにした。ヒロヨシに触れている背中からも、その熱が伝わってきて、耳元からは苦しそうな息遣いが聞こえる。 「大丈夫だからね、私が助けるからね」 手摺をつかんで、なんとか階段を降り、錆びついた鉄の扉を開けた。ここから門まで行けば門の前には車が通る道路がある。 「頑張れ、ヒロヨシ、もうすぐだからね」 壊れかけた門を開けて、ゆっくり敷地の外に出た。車が走ってくるのが見えて、“ヒロヨシを助けて欲しい”と私は大きく手を振った………その手が薄く透明になっていくのを見ながら………
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加