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消える
「カヤン、どこ?」
階段を駆け上がってくる足音と共に、私を呼ぶヒロヨシの声がした。
「ここだよ」
私は、最初にヒロヨシと出会った工場の2階の隅の壁の前にいた。
「こんなとこにいたんだ」
「うん、懐かしいなって。でね、今描きたしてるとこ」
私はヒロヨシが置きっぱなしにしていたクレヨンで、壁に絵を描いていた。花いっぱいの野原の真ん中で私と手を繋ぐヒロヨシ。あのモヤシみたいだと言われていた頃のヒロヨシ。
「そんな小さい頃の俺?」
「可愛かったからね。そういえばさ、いつの頃からか“僕”が“俺”になってたね。立派に成長しちゃって」
「なんか、親みたいな言い方」
「友達兼保護者かな?」
壁の絵を見つめたまま、何も言わないヒロヨシ。
「なんか……あった?」
「なぁ、カヤン、カヤンはここからは出られないの?」
泣きそうな顔で私に問いかけた。
「多分ね。一度試したことあるんだけどさ、敷地から出ようとしたら消え始めたんだ、この体」
「そうなの?」
「そう。でも別に困ることもなかったから」
しばらくの沈黙。
「あのさ、カヤン。俺、遠くに引っ越すことになったんだ。そんな簡単にはここに来れなくなる、だから……」
_____なるほど、神様はこんなふうに私と引き離すんだね
「大丈夫だよ、きっとまた会えるよ。だってほら、ここは奇跡が起こる街なんだから。それにほら、コレあげるよ。どこからでもここに来れる切符」
私は、ずっとショルダーバッグに入れていたあの切符を差し出した。
「でも、さ……」
何かを言いかけたヒロヨシが、そのままぺたんと倒れ込んだ。
「ちょっ!ヒロヨシ、どうしたの?ねえ!」
抱きかかえて驚いた、ヒロヨシの体が熱い、尋常じゃなく。
「すごい熱!どうしよう?」
このままこんなところにいたら、誰にも見つけられなくて悪化してしまう。ここは街の中心から遠く離れた、それも誰も寄りつかない廃工場の奥。
とにかく、誰かに見つけてもらわないと。
私はヒロヨシをおんぶすると、ゆっくりゆっくり外に出ることにした。ヒロヨシに触れている背中からも、その熱が伝わってきて、耳元からは苦しそうな息遣いが聞こえる。
「大丈夫だからね、私が助けるからね」
手摺をつかんで、なんとか階段を降り、錆びついた鉄の扉を開けた。ここから門まで行けば門の前には車が通る道路がある。
「頑張れ、ヒロヨシ、もうすぐだからね」
壊れかけた門を開けて、ゆっくり敷地の外に出た。車が走ってくるのが見えて、“ヒロヨシを助けて欲しい”と私は大きく手を振った………その手が薄く透明になっていくのを見ながら………
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