幕間 天命の絆(3)

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幕間 天命の絆(3)

 俺たちは『気配を感じた』というキリファさんによって見つけ出され、助けられた。  あとで聞いた話によると、俺は失血死寸前だったそうだ。 「なんで? どうして!?」  夢うつつの中で、俺は、キリファさんが泣きじゃくっているのを聞いた。 「遺伝するなんて、知らない!」  キリファさんの高い声に対して、父上がぼそぼそと何か言っていた。けれど、声が低く、聞き取ることができない。 「〈天使〉が子供を産んだ前例なんてないもの。〈天使〉は羽を使えばすぐに死ぬから、長生きできない。……でも、あたしは特別だったから。あたしは王族(フェイラ)の血を引いているから」 「あたしも、そんなこと知らなかった。――あまりにも羽と相性の良すぎるあたしを、〈(スコリピウス)〉が徹底的に調べたら、あたしは王族(フェイラ)の血を引いている、って」 「あたしの母親は娼婦で、父親は誰とも知らない客の男よ。だから、そいつが王族(フェイラ)を先祖に持つ貴族(シャトーア)か。そういった貴族(シャトーア)の落し胤か、そんなところだろう、って……」 「羽の相性は、血統がものをいう。……だからセレイエは、あたしの半分しか適性がない。次に何かあったら、セレイエは……!」 「あたし、もう、子供は産まない……! あたしの血を引いたら可哀想……。ユイランに任せる……。エルファン、ごめん。ごめんね……」  俺も、セレイエも、シャンリーも、一時は死線をさまよったが、皆、九死に一生を得た。  けれど、セレイエはキリファさんと共に、鷹刀の屋敷を出ることになった。一族から追い出されたような形を取り、今後、他の凶賊(ダリジィン)に狙われないようにして――。 「俺が、もっと強ければ……!」  俺が充分に強くて、セレイエに怖い思いをさせなかったら。  余裕で敵を撃退して、セレイエが羽なんか出さずにすんだなら……。  俺は、シャンリーにすがって泣いた。  シャンリーも、俺に抱きついて泣いていた。  俺たちは無力だった。  俺たちは、自分たちが不甲斐なかった。  大人たちは、俺たちに責任はないと言った。  あのとき誰がそばにいても、セレイエの恐怖は変わらなかっただろうと。  けれど、セレイエが〈天使〉である以上、常に危険と隣合わせの凶賊(ダリジィン)とは距離を取るべきだと言った。  それが、セレイエのためだと……。  それから数年後――。  弟が生まれた。リュイセンという。  いずれ総帥となる俺を支えるため、俺に万一のことがあったときの鷹刀のため、セレイエと引き離された俺の心を埋めるため……。  すべてが周りの思惑によって都合よく誕生した彼は、おそらく、あらゆる病気の因子を排除された体外受精児だ。  誰も何も言っていないが、なんとなく察してしまった。何故なら、俺の同父母弟が、なんの細工もなしに健康で生まれてくる確率は、極めて低いのだから。  かつて、〈七つの大罪〉は、鷹刀の血が変質することを何よりも嫌った。それ故、いくら血族の生存率が低くとも、鷹刀の遺伝子に手を加えることを許さなかったという。  けれど、今はもう関係ない。  それに、そうでもしなければ、キリファさんを溺愛している母上が、父上との子供を作ることに納得しなかっただろう。母上は頑固なのだ。  そんなことが分かるくらい、俺が大きくなったとき、俺はシャンリーに壮大な計画を持ちかけた。 「シャンリー、頼みがある。俺は鷹刀を抜けて、リュイセンを総帥にしたい。君が協力してくれれば、それができるんだ」  ――そして、現在。 「ただいま」  護衛の仕事から、シャンリーが帰ってきた。  普段、彼女は剣舞のほうで忙しいため、警備会社の仕事はしないのだが、今日はメイシアさんに『女性の護衛を』と頼まれて買って出たのだ。 「レイウェン! 予想外の事態が起きて、〈(ムスカ)〉の居場所が掴めそうだ!」  声を弾ませ、シャンリーが報告をする。ミンウェイの気持ちを考えると複雑ではあったが、それはかなりの朗報だった。  ……そんな、ひと通りの連絡事項をすませたあと、シャンリーがふと嬉しそうに言った。 「ルイフォンの奴、やっぱり出てきたな」 「そりゃ、ルイフォンさんは、メイシアさんが心配だろうから」 「おいおい、レイウェン。ルイフォン『さん』って。あいつは私たちの異母弟だろう?」 「表向きは叔父だよ」  キリファさんは一途に父上を想っていた。  だから、ルイフォン『さん』は、俺たちの異母弟でしかあり得ないのだ。そのことに気づかない父上は、やはり朴念仁としか言いようがないだろう。  セレイエも、リュイセンも、ルイフォンも――。  俺の弟妹たちは、それぞれに、なかなか厄介な天命を背負っている。 「レイウェン」 「ん?」 「『お兄ちゃん』の顔になっている」 「……ああ、そうだな」  俺は『お兄ちゃん』だ。  だから俺は、弟妹たちの幸せを願う。  どうか、彼らが自由に、のびのびと生きていけますように……。
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