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「兄さん、帰ってきてたんだ」
ノアは眠気眼を擦りながら、発声した。
「ああ、ついさっきね」
ノアもすっかりと年頃の娘になったので、僕は最近ノアと何を話せば良いのか分からずあまり会話を交わしていなかった。それは今もそうで何を話すべき考えあぐねていると、ノアが、天井を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「ザック兄さんって、夢はある?」
ノアは、唐突にそんなことを聞いてくる。物思いに耽ったような、掴みどころない深みがその声に含まれていた。
「急にどうしたの?」
「私たちの身分証。一番下だって書いてあった。そんな私はゆめをもっていいのかなってか」
身分証。国が決めたあの国民の地位を示す表。もちろん僕らは最下層で、夢には一番程遠い。それでも。
「もちろんいいに決まってるさ。僕にだって夢はあるし」
「なに?」
「ナイショ。夢は言ったら叶わないもんだからね」
「えー、じゃあ私も言わなーい」
僕とノアは笑いあった。本当は夢は言ったら叶わないという言い伝えなんて信じていなかった。ただ、家族と幸せにいつまでも暮らしたいというささやかな願いを知られるのが気恥しかっただけなのだ。そのせいで、ノアがどんな夢を持っているのかを聞けなかった。
「ちなみにノア、その本は?」
ノアの枕元には見たことの無い分厚い本が置かれていた。
「あっ、これは」
「ん?」
ノアは慌ててその本を抱えて隠すようにした。だけど、大きな本はそれでも隠しきれず、表紙が見えた。きっと、魔術師の本だ。
「魔術師になりたなったの?」
「あ、うん、でも、、私たちみたいな人地位が低くてなんの能力も持ってない人は、なれないのかなって」
僕は何も言えなかった。魔力適性がないから僕達はこんな生活をやっているわけで、この剣は魔術には勝てない。それが世の理であり、真理だった。魔力適性がないものでも、魔術師に習えば魔力を使えるようになる。でもそれには多額の金がかかってしまうのだ。
「ザック兄さん、悲しい顔してる?」
「いや、大丈夫だよ。ノア」
「ザック兄さんにこれあげる」
「なんだい?これ」
「ちょっとしたお守り。これ持ってるといい事あるかもしれないの」
「そうなんだ、ありがとう」
ノアから貰った御守りを見る。御守りも言っても御札のような一つの紙切れで、何やら呪文のような文字が書いてあるが、僕は文字が読めないので何が書いてあるか分からなかった。
スラム街に住むほとんどの子供が小さな頃から働きに出てまともな教育を受けず、文字が読めなかった。そんなスラム街の暮らしは最底辺だった。それでも、そんな人達にも夢を見て、そして幸せを求める価値があると僕は信じていた。この日までは。
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