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 いつもカジュアルな服を好む彼が、珍しく堅苦しくも品のいいスーツを着て改まってわたしを呼び出した。場所はわたしがかねてから希望していたラグジュアリーホテルのレストラン。輝く夜景をバックに、わたし好みの骨ばった大きな手が左手を包む。  ああ、これよ、これ!  ベタだけど小さい頃から夢見ていたこのシチュエーション!  ここからの展開はもう一つしかない!  彼がわたしの薬指にはめたのは、ハイブランドのダイヤモンドリング。 「楓子(ふうこ)、これからもずっときみだけだ。僕と結婚して下さい」  イエース!!とガッツポーズをしたその時、鳴り響いたのは教会の鐘の音ではなく、いつもの聞き慣れたアラーム音。無情に現実に引き戻すスマートフォンを、わたしは八つ当たり気味に何度もタップした。  冷え込んだ部屋と、まだ陽が昇っていない暗い空。寝起きのボサボサの頭、スウェットパジャマ、当然左手の薬指に指輪は――ない。
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