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「それらをきみも自覚しているからプライドが高い。だから人を見下している」 「そんなつもりありません」  プライドが高いのは認める。だけど見下してなんかいない。それだけは認めたくなくて強く否定した。けれど槙田先生も譲らない。 「無意識に見下してるんだよ。そこはさすがに自覚がないようだけど。きみが患者に優しくするのは誰のため?」 「……患者のためです」 「違う。自分のためだ。優しくすれば自分の株が上がるから。愛想良くして話を聞いてやれば好かれるから。もちろん、それが悪いとは言わない。実際そうすることで患者との関係は上手くいっているわけだし。ただきみにとってそれは『自分を良く見せるため』。医局でもそうだよ。チームワークが必要な外科で信頼関係を築くことは大事。だが、きみの場合それが患者やチームのためではなく、自分のため。みんなから頼られたい、慕われたい」 「……」 「川上先生から胃がん患者の執刀を頼まれた時、主治医が俺だと知って嫌だと思ったろ? 俺とチームなんか組みたくねぇって。橘先生、俺のこと嫌いだもんね。でも断ったら自分の評価が下がる。だから仕方なく引き受けた」  ぐうの音も出なかった。図星だからだ。確かにわたしは患者から見た自分の印象であるとか、医師や看護師からの評価とかを常に頭に入れて動いている。あわよくばそれで良縁があったり、名医と呼ばれる先生方との繋がりにもなるかもしれないという邪な考えがあることも認めよう。だけど、 「どうしてそれが人を見下すことになるんですか?」 「鈴木さんの主治医が俺じゃなかったら、すぐにカルテを見たはず」 「でも、それは結果がまだ……」 「結果が出ていても出ていなくても、どういう状態か確認するもんだろ。本当にがんの疑いがあるのか、症状はどの程度なのか。手術の必要があるのか。きみは患者を治そうという以前に、俺の患者は嫌だという考えがあるから後回しにした。結果が出て確定してからカルテを見ればいいや、どうせ槙田の患者だし、と。コレ、患者のことも俺のことも侮蔑してると思うんだけど、どうかな」  槙田先生に言われなくても、カルテは今夜見るつもりだった。今日の仕事が終わって落ち着いてから。でもそれを後回しと言われれば否定できない。 鈴木さんのことは、川上先生から「生検に出してるけど、たぶん胃がん」としか言われなかった。わたしはそのニュアンスから勝手に誤診の可能性や初期のものだと考えた。「手術もろくにしない男が何をエラそうに」という思いもあった。患者の年齢は? 性別は? 生活習慣は? 進行がんだったら? 状況が違うだけで治療法も変わる。そう言われると確かに槙田先生を……見下していたかもしれない。そしてそれが患者を軽んじることに繋がる、ということか。
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