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「でも槙田先生の話や友人の話を聞いて、自分がどれだけ夢を見ていたか気付きましたね。そのうえ遠野くんとの一件があってから自分の治療は間違ってたんじゃないか、わたしはなんのために医師になったのかって意義を見出せなくてへこんだりもしたんですけど、諏訪さんの手紙で初心を思い出せたのと、少なくとも間違ってなかったってことが分かってスッキリしたんです」  ずっと黙ってわたしの話を聞いていた槙田先生は、 「……橘先生って純粋だったんだね」  失礼にも思える意外な結論に至った。 「だってさ、そのなつきちゃんとのことをすっかり忘れてても、医者になろう、結婚しようって決心だけは持ってて、それに向かって頑張ったんでしょ。普通どこかでズレたりしそうなもんだけど。学生時代に行きたかった科と実際選ぶ科って違うじゃん。しかもお父さん眼科の開業医でさ。でも橘先生は『お腹のお医者さん』になろうっていう小さい頃の決心の通りに消化器外科を選んだんだから、スゲー真っ直ぐじゃん」 「槙田先生は学生の頃、何科に行きたかったんですか?」 「整形」 「あー。うん、っぽいです」  なんだよそれ、と槙田先生はワハハと笑った。  いつも通勤時に通る大通りに出る。あと数分で自宅のマンションに着いてしまう。 「……で、わたしはなつきちゃんにはなれなかったけど、これからまた『なりたい自分』を目指していったらいいかなと思ったわけです」 「橘先生が今、なりたい自分って?」  槙田先生がハンドルを切って路地に入る。
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