8

10/12

547人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ
「じゃあ、槙田先生もわたしのこと好きってことでいいですね」 「そう言ってるじゃない」 「いらねーって思ってた恋人、作る決心つきました?」 「……決心して恋人を作るんじゃなくて、きみだから恋人になろうと思うんだろ」  槙田先生の左腕が伸びてわたしの首に巻き付く。ぐっ、と引き寄せられて唇が重なった。薄い唇なのに感触は柔らかかった。もっと煙草の味がするかと思った。でも味はなくて、かすかに槙田先生の匂いがする。少しだけ唇を離し、 「いいよ、付き合おうか」  もう一度キスをする。押し付け合うような深いキスに、聞こえるんじゃないかと心配になるほど胸が高鳴った。おそるおそる槙田先生の背中に手を伸ばすと、さらにきつく抱き寄せられ、槙田先生の右手がわたしの髪をくぐり、頬をなぞった。わたしも応えるように背中を撫でて短くて硬い襟足に指を差しいれる。こんな時に別の男のことを思い出すなんて愚昧だが、和樹とキスをした時よりも、抱き合った時よりも、ずっと気持ちが昂っている。衣服越しに体を撫で合って唇を合わせているだけなのに、すごくいやらしいことをしている気分だった。 「橘先生さ、もしかしてけっこうどころか、相当俺のこと好きじゃない?」  これまでだったら「調子に乗るな」などと返すところだが、もうそんな軽口を返す余裕もないほどのぼせている。暗い車内を照らすのはマンションのロビーから漏れる微かな灯かりだけ。薄暗い中で綽々と笑っている槙田先生の両頬を包み、そうかもしれないです、と口にしたかどうか定かでないまま、今度は自分から唇を捉えた。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!

547人が本棚に入れています
本棚に追加