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「恋愛にしてもそうだよ。居酒屋で自分のハイスペに男が寄ってこないって嘆いてたけど、本当に選り好みしてないなら腐るほどいるだろ、医者と結婚したい奴なんて。『あんたら何様だ』っていう言葉がすべてだよね。選ぶのはわたし、低スペックの男はお呼びじゃねぇってさ。そのくせ節操なく愛想振り撒いてんだから笑っちまうよ」  けっこうな言われように悔しさで拳の震えが止まらない。どうしてこんな男にここまで馬鹿にされなければならないのか。 「……私生活に関しては……槙田先生には関係のないことです」 「だって、結婚できない理由がなんなのかって聞いてきたのはそっちでしょ? 他人にニコニコして可愛いね、素敵だねって持て囃されるのは若手のうちだけだよ。今の橘先生ができることは、まず裏表のない人間になることじゃない? 性格も部屋もね。身だしなみに気を付けてるなら一番大事な下着に手ェ抜いちゃ駄目でしょ」  黙って聞いていたが、嘲笑されてプチン、と頭の中で糸が切れた。握り締めていた拳を緩め、もう一度ぎゅっと握り、俯いて深呼吸をしたあと槙田先生を睨み付けた。 「わたしの質問に対する答えはそれで終わりでしょうか?」  いつもよりもワントーン低いわたしの声に、槙田先生の笑いが治まった。 「槙田先生の洞察力には感服しました。的確なアドバイスをありがとうございます。先生のご指摘で危うく患者をおびやかすところだったと気付かされました。鈴木さんのカルテは早急に確認いたします」  わたしはバン、と窓に手をついて槙田先生に詰め寄った。槙田先生は目を丸くしてわたしを見下ろしている。 「確かにわたしはプライドが高い打算的な人間です。でも自分が好きで自分のために動いて何が悪いのでしょうか。それで患者を殺してるなら問題ですけど、医師としての仕事はきちんとこなしています、わたしは(・・・・)」  プライドがあるのにも自分のことが好きなのにも理由がある。なぜならわたしは努力をしてきたからだ。綺麗に見られたくてメイクを研究したり、マニキュアができない代わりにペディキュアで美意識を高めてみたり、スタイルを維持するために筋トレも欠かさない。  仕事にしてもそうだ。そりゃあ医師になろうと思ったきっかけは父が医師だったから、という極めて単純なものだけど、医学部に入るために、国家試験に受かるために、専門医になるために勉強を続けてきた。当たり前のことかもしれない。それでもそれらをやり抜き、今も継続している。努力と経験の積み重ねが作り上げた自尊心。そんな自分に見合う人間を自分が選びたいと思うことの何がいけないのか。何より、 「人間性がどうこうというのは槙田先生には最も言われたくないですね。外科医なのに手術をしない、他の医師や看護師とは必要以上に関わり合おうとしない。そっちの方が医師としても人間としてもどうかと思いますけど!?」
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