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「俺、あそこで結婚式したわ」  わたしが長年夢見ていたことを既に済ませていたという事実に、屈辱と切なさで項垂れた。しかも付き合いたての彼女に言うか? 内緒にされても嫌だけど。  結婚式。槙田先生が結婚式か。再婚なんてしたくないと言う槙田先生が結婚式を挙げることは二度とないだろうし、それは別にかまわないけれど、自分ではない別の女とは式を挙げたのだと思うとそれなりにダメージを食らった。わたしは一度も挙げたことありませんが? 「橘先生はあそこでプロポーズされるのが夢なの?」 「別にそういうわけではないですけど。いや、やっぱやめましょう。この話は」 「俺はかまわないけど」 「槙田先生が知らない女と挙式をしたと想像させられるのが嫌なので」  またそんな嫌味な言い方をしてしまう。ずっとポケットに手を入れていた槙田先生がわたしの両手を握った。温かい手だ。 「無神経で悪かったよ。でも無神経に言えるくらい俺にとってはどうでもいい過去だから」 「え、は、……はい」 「ちゃんと言っとこうと思ってたんだけど、さっきみたいに嫌なことは嫌だって正直に言ってね。我慢して溜め込まれるのは一番困る。俺もできれば気付けるように頑張るけど、どうしても分からないことはあるから」  我慢している奥さんに気付けなかったことを後悔している、という風に聞こえた。やっぱり槙田先生にとってはどうでもいい過去じゃない。でもだからこそわたしとはそうやって失敗したくない、というのも伝わって、わたしは切ないやら嬉しいやらで複雑だった。
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