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 ぽいっと出したチョキで負けたわたしは、結局槙田先生のペースに巻き込まれてホテルのロビーにいる。ホテルに泊まるか泊まらないかをジャンケンで決める槙田先生も槙田先生だが、のこのこ従うわたしもわたしだ。槙田先生はちょっとフロントに聞いてくるとホテルマンと数分ほどやり取りをして、こちらに戻ってきたかと思えば「取れたよ」と高くも低くもないテンションで言った。 「オーシャンビューじゃないけど」  そうは言ってもやはりラグジュアリーなので、一番ランクが低い部屋でも思い付きで寝るだけの宿にしては贅沢すぎるほどだった。取れてしまったものは仕方がない。わたしは急いで必要最低限のメイク道具を買いに売店に走った。  暖色のライトときっちりメイキングされたダブルベッドが妙に生々しい。  わたしは今日槙田先生と寝るのか?  寝るということはするということ?  勃つ気がしないとあれほど言っていた槙田先生と?   悶々としているわたしをよそに、槙田先生はベッドに身を放り投げて大の字になる。更になんの躊躇もなくゲフ、とげっぷをするもんだから、あまりの緊張感のなさに戸惑っている自分が馬鹿らしくなった。どうせ何も考えていない。およそわたしの幼稚な夢の話を聞いて哀れになったとか、そんなところだろう。 「槙田先生、お茶でも淹れますか?」 「ねえ、プライベートで『先生』呼びは止めない? 学会帰りの打ち上げ感がすごい」 「わたしの下の名前、知ってます?」 「楓子(カエデコ)」  ふざけているわけでもなく悩んでいるようでもなく、大真面目な顔で言うので本当にそう思っているらしかった。
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