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「……カエデコって書いてフウコって読むんですよ……」 「あ、そうなの? ごめん、漢字苦手だから」  寝そべっていた槙田先生は上半身を起こして、わたしに手招きをする。 「そんな離れたところに立ってないで、こっちおいでよ」  封を開けたばかりのティーバッグをテーブルに置き、戸惑いながらベッドに寄った。手首を掴まれて引き寄せられ、槙田先生の脚のあいだに収まる。  しまった、洗面所でメイクを直してくるんだった。急な至近距離は目を合わしづらい。できれば先にお風呂に入りたい。でも肩を抱いている槙田先生の手が温かくて安心感があり、そこから抜け出せずにいた。 「俺、こういう時ムード作るの苦手なんだ。スマートじゃなくてごめんね」  スマートじゃないというより、やることがなんでも唐突なだけだ。その気がないと思わせておいて、いきなり迫ってくる。不器用なのかと思いきや、繊細な手つきで髪を撫でる。 「フウコちゃんね。ふうこちゃん」  槙田先生はわたしの髪を指で弄びながら「ふうこちゃん」と繰り返し、そして手の平で髪を搔き上げ、露わになったわたしの耳に顔を近付けて「楓子」と低い声で呼んだ。 「してみてもいい?」 「してもいい?」じゃなくて、「してみてもいい?」というところに、自信のなさが窺えた。けれども、自信がなくてもわたしとしたいと思ってくれただけで充分だ。槙田先生の胸に耳を当ててみる。大きく脈が波を打っていた。 「槙田せ……、陽太、さん」 「陽太でいいよ」
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