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焼肉店で話した食道がんの患者が高坂ツトムさんであること、その娘さんが付き添いで来たこと、更に槙田先生に執刀して欲しいらしい。というのを、ラウンジで一人で昼食を摂っていた槙田先生に伝えたら、分かりやすく動揺していた。テーブルの上の缶コーヒーを取り損ねて倒してしまい、こぼれたコーヒーに「あらら」と慌てる。
「お知り合いですか?」
「んー……うん。まあね」
わたしと目を合わそうとしないし、どうにかしてはぐらかそうとするので、こちらから直球で聞いた。
「別れた奥さんですか?」
槙田先生はこぼれたコーヒーをウェットティッシュで拭きながら「そうだよ」と素っ気なく答える。槙田先生がバツイチであることは知っていることだし、元奥さんが来たからといってわたしは別に怒りも拗ねもしないのに、なぜこうも気まずそうにするのか。
「高坂さんには執刀医の指名はできないとは伝えましたけど」
「うん、それでいいよ」
「槙田先生、食道の専門だったんですね」
「昔の話だよ。それにこの病院には橘先生がいるから、俺の出る幕はなし」
コンビニ弁当をビニールに乱雑に放り込んで、これ以上触れるなといわんばかりに封を固く結んだ。そしてわたしを見下ろすと脅しにも似たいつもより冷たい目と低い声色で、言った。
「あいつに何を言われても、俺は手術はしないって言ってね。それでもしつこいようなら転院させて」
自販機横のゴミ箱にバコン、とビニール袋を捨てて、槙田先生は足早に立ち去った。なんでわたしがあんな冷たい目で見られなきゃいけないのか。
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