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 槙田先生の家は、わたしのマンションから数百メートルほど離れたところにあった。いつも歩道橋を下りたら反対方向へ歩いていくので遠いのかと思いきや、意外と近所だったらしい。どうして早く言ってくれなかったのかと聞いたら、 「別に言う必要ないかなって思って」  確かにわざわざ申告するほどのものでもないが、「必要がないから言わない」というのが槙田先生らしくもあり、ちょっとだけ寂しくもあるのだった。  三階建ての外壁が真っ白な綺麗な賃貸アパート。二階の端の部屋が、槙田先生の住まいだ。コンパクトな外観からは想像できないほど中は広かった。十帖のリビングと六帖の部屋が二部屋。一室は寝室で、もう一室は物置になっているらしい。ダンベルとか雑誌とか、こまごましたものが所々に散乱しているものの、全体的にスッキリしている。ソファの前にあるガラステーブルの上に、わたしが買おうと思っていたものと同じ医学書があった。思わず手に取ってめくる。新品なのに花ぎれは既に柔らかくなっていた。 「あとで一緒にメシ買いに行こうか」  そう言いながら、インスタントのホットカフェオレをテーブルに置かれる。槙田先生はソファではなく、わたしの隣にくっついて腰を下ろした。 「それ、まだ読んでないなら貸してあげるよ」 「あ、嬉しい。わたしも買おうと思ってたので」 「医学書って高いよねぇ」  槙田先生はわたしの手から本をスッと抜き取って、床に置いた。肩を抱き寄せてなんの合図も前触れもなく唇を重ねてくる。ついばむキス、押し付けるキス、吸われるキス。簡単に絆されて頭がボーッとする。なんて御しやすい女だと思っていることだろう。顔を離すと今度は抱きすくめられた。
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