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「以前、研修室でシミュレーションしている槙田先生を見たことがあります。……本当は手術したいんじゃないですか?」
「シミュレーターを使ったのはただの好奇心。俺は手術をしたくないし、これからもするつもりはない」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない」
「元奥さんのことも昔のことも誤魔化そうとするから、未練があるようにしか見えないんですけど」
「未練なんかねぇよ! きみには関係ないことだろ!」
「ある! そんな不機嫌そうな顔でイライラしながら何もないなんて言われて信じられると思う!? わたしあなたの彼女よね!? 同じ外科医でしょ!? 一緒に原因を取り除きたいと思うのはいけないこと!?」
高圧的な眼で睨んでくる槙田先生を、わたしも負けじと睨み返す。ここで「それならもう付き合わない」と突き放されたら帰るつもりだった。もちろん別れたくはないけれど、信頼してくれない人と一緒にいることはできない。槙田先生は両手で顔を覆い、深呼吸をする。
「……イップスだよ」
小さく答えたその言葉に、わたしは話をしてくれる気があるのだと安堵した。握り締めていた拳を開くと手汗がひどかった。槙田先生は何から話せばいいのかな、と苦笑しながら、それでもポツポツとひとつずつ打ち明けてくれた。
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