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 槙田先生と元奥さん――高坂さんは、静かで落ち着きのある夫婦だったらしい。学生時代から高坂さんは読書や映画鑑賞をするのが好きな大人しい人で、誰かと群れることが苦手で、けれども一緒にいる人が喉が渇いたとか暑いとか寒いとか、そういうのを言わなくても察することができる、よく気の付く人だったという。槙田先生自身、あまり自分のことを語らないタイプだから、言わなくても気付いてくれるという部分は槙田先生にとって居心地がよかったのだろう。そして槙田先生も高坂さんには何も聞かなかった。彼女がなんの本を読んでいても、なんの映画に感動していても、誰と会おうと。興味がないのではなく、彼女のプライベートを邪魔したくないという気遣いのつもりだった。――と、槙田先生は言った。 「ずっと年寄りみたいな付き合いでさ。喧嘩もほとんどしないし、でも一緒にいて楽しくないわけでもない。完全に信頼関係が出来上がってると思ってた」  だから「仕事が忙しい」ことを分かってくれている、一緒にいる時間が少なくても許してくれている、心は繋がっていると信じていた。 「でも、そうじゃなかった。結婚して四、五年経った頃かな。同級生から『お前の奥さんが知らない男と車に乗ってた』って聞かされたんだよ。まさかって笑い話のつもりで本人に聞いてみたら、今まで見たこともないくらい動揺しまくっててさ。問い詰めたら白状した」  槙田先生のどことも定まらない視線。目の前のテーブルでも本でもなく、過去を見ているような虚ろな目。 「俺は許そうと思ったんだよ。ほったらかしにしたのは俺だし。だから悪かったって気持ちとこれから改めるってことを伝えようと……したんだけど、結婚する前から付き合ってたって聞いた瞬間『じゃあ離婚しようぜ』ってブチ切れたんだよ。その時は売り言葉に買い言葉って感じで本気じゃなかった。でも彼女は『そうしましょう』ってまるでそれを待ってたかのように、言ったんだ」
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