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 その喧嘩から離婚までは早かったらしい。槙田先生は話をややこしくさせたくなくて、自分の実家にも高坂さんの実家にも、離婚の原因は「価値観の不一致」ということで押し通したのだとか。高坂さんの両親からは「娘に寂しい思いをさせたあなたが悪い」と責められたようだが、槙田先生は歯を食いしばって謝るしかなかったと。 「早く縁を切りたかったんだよ。離婚届出してすぐ荷物まとめて出て行った」  その去り際に「さようなら」と言われたのが、槙田先生の頭にこびりついているのだ。 「医者だから結婚したって言ってたのは?」 「それはあとから聞いた話なんだけど、どうも彼女の親が医者と結婚させたかったみたいでね。伝手を巡り巡って俺と出会ったってわけ。彼女自身も本気で俺を好きなわけじゃなかったんだと思う。だから結婚を目前にして本気で好きになった奴と出会っちゃったんじゃない? でも一人娘で親の言いなりだったからね。直前でやっぱ結婚しません、なんて言えなかったんでしょ」  俺のことは好きなわけじゃなかったんだ、と高坂さんを非難するようで、庇っているようにも聞こえた。 「でも仕事が忙しかったのはラッキーだったよ。余計なこと考えずに済むから。こうなったら神の手って言われるくらいの医者になろうって思ってたよ。でも離婚して一年経った頃、メスを持てなくなった」  槙田先生のもとに現れた一人の患者。ステージⅡの食道がんだった。槙田先生と歳の変わらない若い男性だったという。話を聞くと、高坂さんのお父さん――わたしが今受け持っている患者である高坂ツトムさんとほぼ同じ状態だった。その男性も化学療法をしたあとに手術をする流れだったらしい。 「さあ、これから手術って時だよ。患者の病室に行ったら、元嫁がいたんだ。お互いビックリだよね。患者は元嫁の恋人、つまり俺らが離婚した原因である不倫相手ってわけだ。情けない話、かなり動揺しちゃってさ。それでも患者は患者なんだからって、なんとか落ち着けて手術室に入った」  そこで槙田先生は険しい顔になる。
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