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生検の結果、鈴木さんは初期の胃がんであると確定して、川上先生のお達しの通り病変部分を内視鏡で切除する手術をわたしが担当することになった。
あのちょっとした諍いのあと、わたしは鈴木さんのカルテをくまなくチェックした。五十代男性。喫煙はなし、食生活にも特に問題はなく、自覚症状もない。槙田先生が診察した時、患者本人は定期健診のつもりだったらしい。
カルテに添付されている内視鏡の画像は鈴木さんの胃の内部。一見健康そうなピンクの胃壁に、若干表面が白く病変している箇所があった。本当に些細な異変だったので、胃潰瘍と誤診する医師もいるだろう。胃がんの可能性を考えたとしても、この時点で断言することは難しい。それなのに槙田先生は結果が出る前から確信を持っていたし、実際胃がんだった。もしかして隠れた名医、なんて考えが一瞬浮かんで、なんだか猛烈に腹が立ったのだった。
うちの病院は基本一人の患者に対して主治医が一人。全体の治療方針を主治医が決め、実際の手術や治療は専門担当医がおこなっている。鈴木さんの場合、入院から退院まで槙田先生が決めた治療方針に従ってわたしが薬を処方したり、手術をする。もちろん、ただ指示に従うだけじゃなく、患者の容体によって都度相談しながら治療にあたるのだ。
カンファレンス後の会議室で頭を抱えていたら、
「断らなかったんだ」
と、槙田先生がしたり顔で言った。
「個人的な事情に患者を巻き込めませんからね」
槙田先生と関わりたくないという嫌悪は拭えないが、わたしが槙田先生を嫌いだろうが、槙田先生がわたしを嫌いだろうが、患者にはなんの関係もないこと。それを直球で指摘されて悔しかった。ここで逃げるなんてそれこそわたしのプライドが許さないのだった。
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