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 ***  一回目の抗がん剤治療のため、高坂さんが入院した。一度の入院期間は二週間。入院中のスケジュールを福沢さんが説明し、諸々の検査が済んだ頃に病室へ行った。日当たりのいい個室で、高坂さんはテレビを見るわけでも本を読むわけでもなく、ただリクライニングベッドに座ったまま大人しく点滴を受けていた。 「こんにちは、お変わりありませんか? 抗がん剤の点滴を入れるまでに色々準備があって、バタバタさせてしまいますけど」  高坂さんは首だけをこちらに向け、「よろしくお願いします」と小声で言った。病名を告げた時も治療方針が決まった時もそうだったが、高坂さんはあまり感情を出さない。質問もせずこちらの話に頷くだけ。医師の判断に委ねているというより諦めているように見えて、わたしはなんとも切ない気持ちになった。 「お一人で来られたんですか?」  訊ねたタイミングで病室のドアが開いた。高坂さんの娘さん――槙田先生の元奥さんだ。目が合うと頭を下げ、少しよろしいですかと病室の外へいざなわれた。ドアが閉まるなり迫られる。 「同じことを何度も申し訳ありませんが、執刀を槙田先生にお願いすることはできませんか?」  わたしは背中を反らせて「いやぁ」とか「そのぉ」と曖昧に言いながら顔を歪めた。 「一つお訊ねしたいのですが、なぜ槙田先生を?」 「槙田先生はとても腕のいい医師なので……父もそれを望んでいます」  腕のいい医師だと断言するところに、槙田先生との繋がりを感じてしまった。何よりあの感情のなさそうな高坂さん自身が望んでいるというところが気になる。もう少し詳しく聞きたいと思ったところ、 「勝手なことを言わないでいただけますか」  仏頂面の槙田先生が後ろから現れた。敵意を剥き出しにして、わたしを庇うように割り込んだ。
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