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「久しぶりなのに、そんな怖い顔しなくたっていいじゃない。……陽太」
こっそりその場を離れようと後ずさりをしたが、槙田先生に袖を掴まれた。わたしは槙田先生の背後に隠れ、なるべく気配を消して二人のやりとりを見守ることにした。
「きみが無理を言って主治医を困らせるからだろう。橘先生からも聞いたと思うけど、うちの病院は執刀医の指名はできないんだ。橘先生も食道の専門だから、執刀医を変える必要はない」
「父が、あなたにお願いしたいと言ってるの」
「明確な理由がないなら尚更だ」
「病気を治すために、医師としてのあなたの力を必要としているのは前提よ」
槙田先生は額に手を当てて深く息を吐いた。皐月、と、ふと漏らした名前に、なぜか少しだけ胸が痛くなる。そうか、元奥さんの名前は皐月というのか。
「あなただから、あの人の手術もできたんでしょう。食道の手術は難しいうえ合併症も多いって聞くけど、幸いそれはなく苦しまずに逝けたのはあなたのおかげだと思ってるの」
「しゃあしゃあとよく言えるな」
臆面もなく不倫相手のことを出す皐月さんにも驚いたが、槙田先生の今にも飛びかかりそうな険のある言い方にもヒヤヒヤした。わたしは背後から宥めようとしたが、二人の言い争いは終わらない。
「俺は手術はしない」
「病院の方針でどうしても無理なら仕方ないけど、それこそ個人的な理由で拒否してるんじゃないわよね?」
「いい加減に……」
「やめて下さい」
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