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 胃切除の手術に入った時だった。胃の中部を切り取ったあと残胃を繋ぎ合わせるというもので、これまでの調子を見ていけると踏んだわたしは最初から槙田先生に任せてみた。途中までは大丈夫だった。けれども胃の周辺の血管を切除する直前で手が止まった。額の汗は拭いても拭いても噴き出して、ついに指先が震えだして断念したのだ。その後はわたしが引き継いで、槙田先生はモニターを見ていただけ。  その後も何度か挑戦したが、動脈の切除になると手が震える。食道の手術の時はなお駄目だった。当時の状況と似たような状態になるとフラッシュバックするらしい。   看護師も助手も「大丈夫ですよ」と励ましていたが、だんだん「やっぱり駄目なのかもしれない」という諦めのような空気を漂わせるようになった。そうなると槙田先生も取り戻しかけた自信を再び失っていく。リハビリを初めて一ヵ月過ぎた頃、状況はほぼ振り出しに戻ってしまった。  いつもふてぶてしくて、どこかエラそうな槙田先生が周囲への恐縮と自分への失望で落ち込む弱々しい姿を見るのは辛かった。二人きりの時でも、度々「ごめんね」と言ってくる。リハビリに協力してくれているのに、いっこうに克服できなくてごめん。肌を合わせても満足させてあげられなくてごめん、と。  その度にわたしは槙田先生を追い詰めているのではないか、わたしのやっていることは独りよがりなのではないかと迷う。けれども、一緒になって悲観はしない。 「そんな簡単に克服できるほうがおかしいでしょ? それにオペ室すら入れなかったのが今では図々しいくらい入っていけるし、簡単なオペならできるじゃないですか。かなりの進歩ですよ。時間はあります。焦らずいきましょう」
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