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「槙田先生って、どうして手術しないんでしょうかね」  回診中に後から付いてきていた看護師の福沢さんが呟いた。知るか、アイツの名前出すな。もちろん、それを口にはせず、にこやかに返した。 「さあねぇ。きっと何か事情があるのよ」 「助手ですら入らないじゃないですか。忙しい時に槙田先生が手術に入ってくれたら助かるのになーって思います」  よっぽど自信がないか、実は外科医じゃなくて内科医だったりして。 「でも、槙田先生って診断は的確じゃない? 手術をしない代わりに別のところで力になってくれてると思うわよ」  別に槙田先生の肩を持ちたいわけじゃないけど、あの人のことをあれこれ推測することが時間の無駄だ。 「橘先生、心が広いですよね。山本先生なんかこのあいだ槙田先生の文句ばっかり言ってましたよ」  山本先生は誰に対しても文句が多い先生だ。川上先生のせんべいを齧る音が不快だとか、わたしのタイピングの音がうるさいだとか(もちろん笑顔でスルーしたが)。  そもそも消化器外科は食いしん坊の川上先生、文句たれの山本先生、エセ外科医の槙田先生、そしてわたしの四人の専門医が中心に回っている。あとは若手の医員が数人。川上先生は胆のう、肝臓、膵臓専門。コミュ力高くて腕もいいけれど、早く辞めたいといつもぼやいている。山本先生は胃、大腸専門。いつも医局に張り付いている。槙田先生は言わずもがな。そう考えるとわたしが鈴木さんの手術を任されたのは腕を買って、というより、ただ妥当だったということか(ちなみにわたしは胃と食道専門だ)。 「あ、でも槙田先生って顔はカッコイイですよね」  福沢さんがとんでもないことを言うので、「どのへんが?」と素で聞いてしまった。 「いつも眠そうだなとは思うけど」 「たれ目だからじゃないですか? でもそこがなんか憎めないんですよね。鼻筋通ってるし、黒髪短髪は清潔感あってよし!」 「好みのタイプなの? 独身らしいわよ」 「んー、でもちょっと年上すぎです、わたしには」  人差し指で頬をぷに、とさせる。まだまだ張りのある肌、まつげエクステバッサバサの大きな目、ぷるんとした唇。四十三歳が年上すぎか。それなら槙田先生と四つしか変わらないわたしも福沢さんにとっては年上すぎってことか。遠回しに喧嘩売ってるのか、この子は。小娘には負けないわよ。 「確かに、若くて可愛い福沢さんにオジサンはもったいないわね。福沢さんにお似合いのイケメン捕まえてね」 「そんなことないですぅ! 実は最近彼氏できたんですよォ」  いきなりのマウンティング。それを聞かせるために上手く誘導されたとしか思えない。福沢さんは聞いてもないのに彼との馴れ初めを話し始めた。惚気に突入しそうだったので、入院患者のバイタルチェックに行くようにと半ば強引に終わらせる。今度話聞いて下さいね、なんて無邪気に言う福沢さんにハイハイと笑顔を向けながら、心の中では「うるせークソガキ」なんて毒づいた。  ――とはいえ、わたしもまだまだ捨てたもんじゃない。なぜなら、
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