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 ***  窓からどこからともなく桜の花びらが舞ったのを見た。いつの間に雪から桜が舞う季節になったのか、早すぎる時間の流れに情緒ではなく恐怖を感じた。 世間が入学、入社と新生活を迎える、晴れ晴れしくも憂鬱な季節に入り、高坂さんが二回目の化学療法で入院した。前回の入院では悪心や脱毛など典型的な副作用に悩まれたようだが、重篤な障害は見られなかったので治療は続けておこなうことになった。今回も付き添いには皐月さんが来ていて、挨拶をする時も話をする時も、皐月さんは静かに事務的に受け答えた。槙田先生が言っていた通り、すべてを達観したような落ち着きがある。白い肌、カットソーの袖口から見える手首は細くて、ショートヘアの黒い髪には艶がある。誰もが振り返る美人、というほどではないけれど、均等の取れた目や鼻、薄い桃色のリップを塗った唇には不思議な色気があった。わたしにはないものだ(劣っているとは思わないけど)。 「それでは、気分が悪くなったり心配なことがありましたらナースコールして下さいね」  高坂さんはゆっくりした動作で無感情に頷くだけ。わたしが病室を出ると皐月さんが追い掛けてきた。 「あの、先日はお見苦しいところを見せてしまってすみませんでした。あれから考えたのですが、執刀医は先生方の決定に従います。無理を言って本当にごめんなさい」  美しい垂直で頭を下げられて、慌てて止めた。 「高坂さんのお気持ちは分かりますから」 「槙田先生にもそのように……いえ、直接お話することはできますか?」  わたしは以前の二人のプライベートなやり取りを全部見ている。二人の関係を知っている。――と、皐月さんも知って頼んでいるのだ。なかなかどうして強かな人だ。 「……槙田先生に、聞いてみますね」
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