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「勝手すぎるだろ。めちゃくちゃ自己満じゃんって。失敗したらどうすんのって聞いたら、親父さんはそれで死ぬならかまわないって、まるで失敗して当たり前みたいな言い方すんだよ」  だから高坂さんはいつもどこか無気力で、治療を受けながらも生きることを放棄したような顔をしているのだと、この時理解した。槙田先生は上半身をわたしに向け、まっすぐ目を見て言った。 「俺、オペやるわ」  唐突な意思表明に、わたしはただ目を丸くして「は?」と聞き返した。今までそのつもりでリハビリをしてきたのに何を言っているんだと。 「指名の理由がスゲー個人的なうえに失敗する前提なんてムカつくけどさ、むしろ『だったら成功させてやるよ』ってなんか急に思っちゃって。――だからさ」  わたしの右手を膝の上で握る。 「もう一度頑張るから、また暫く協力してもらってもいいかな」  こんなに前向きな槙田先生は初めて見た。過去や失敗への恐怖と向き合う勇気を持った。ひとつの壁を乗り越えた瞬間だった。これはすごくいいことなのだろう。言われなくても槙田先生がイップスを克服できるなら協力するつもりだ。だけど、なぜか純粋に「はい、頑張りましょう」と即答できなかった。それどころか軽く混乱した。  ――わたしがいくら励ましても後ろ向きだったのに、皐月さんに言われるとやる気が出るんだ。  そんなことを思ってしまったのだ。だが、そういう問題じゃないことは分かっている。今は槙田先生が手術をできるようになることが大事。わたしは言い様のない不安感を飲み込んだ。槙田先生の手を握り返し、「当たり前じゃないですか」と振り絞った。槙田先生の微笑みにわたしも微笑み返したが、上手く笑えていたか自信はない。
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