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 そんなわたしの不安を煽るかのように槙田先生がまた一つ成長を見せたのは、わずか数時間後のこと。子犬の顔で駆け寄ってきた遠野くんが興奮気味に教えてくれた。 「さっき、山本先生と槙田先生と一緒に幽門即胃切除(DG)のオペ入ったんですけど、槙田先生、できましたよ」  これまで何度も断念した動脈の切除。山本先生と入った手術で、槙田先生は手間取りながらもすべての動脈を切除するところまで乗り切ったという。 「山本先生が『そんなのもできないんですか』とか横からチクチク嫌味言ってて周りはヒヤヒヤしてましたけどね、喧嘩しながらやってました」  わたしと入った時はできなかったのに?  優しく煽てるより、自尊心を煽ったほうが効果的ってこと?  遠野くんは手術の内容や、再建には自分も貢献したのだということを嬉々として話していたが、わたしはほとんど頭に入らなかった。  真剣な顔でパソコンに向かって手術記録を書いている槙田先生を遠目から見る。順調に克服している。いいことじゃない。それなのに真っ先に抱いてしまうのは不安と苛立ちだった。わたしにはいつも「ごめん」と謝ってばかりで、前に進むことを槙田先生は怖がっていた。それがどうだ、皐月さんとたった一度話しただけでこんなにも変わるもの?   その事実に自分でも驚くほど打ちのめされている。  槙田先生がわたしじゃなくて皐月さんの言葉に刺激されていることが悔しい。 わたしとの手術じゃなく、山本先生との手術では上手くできたことが悔しい。  槙田先生がイップスを克服することが目的なのに、それに貢献できていないと思うともどかしい。  ――わたしは結局いつも、自分のことばかりだ。
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