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 担当していた入院患者が退院するというので、最後の挨拶に病室に行った。食道アカラシアで内視鏡手術をした女性だ。わたしが病室に入ると既に荷造りは済んでいた。 「橘先生、お世話になりました」 「術後の経過も良好でよかったですね」 「ええ、ええ。先生、本当に感じが良くてお話しやすかったから、退院するのちょっと寂しいわ」 「そう言っていただけると嬉しいです。またおかしいなと思ったら早めに来て下さい。定期的に検査した方がいいですよ」 「そうね、その時は橘先生を頼るわ。内視鏡お上手だし。わたしの知り合いにも薦めておくわね」  オホホと笑って荷物を持ち、病室を出る。エレベーターまで見送りに付いて行くと、ちょうど到着したところだった。 「それでは先生、ありがとうございました」  患者に好印象を持ってもらえて、評判を広げてくれて、あんな風に感謝されて、以前のわたしならダブルピースで喜んだ。けれども今はなぜか、胸が少し痛い。  患者に純粋に向き合おうと決意していながら、最終的にわたしはいつも自分のことしか考えていないことに気付く。評価とか、印象とか、浅ましいものを捨てきれずにいる。「消化器外科の名医を目指す」と新たな目標を掲げたところで、そんな自分本位な医師が名医なんておこがましいんじゃないか、わたしは医師には向かないんじゃないかと。  陽が当たる階段の踊り場で深呼吸する。窓ガラスに映った自分は疲れた顔だ。皐月さんは槙田先生と同い年なのに肌も綺麗で若々しかった。目尻の皺すら綺麗な人だった。わたしはいつからこんなに自信を失くしてしまったのか。カムバック自尊心。
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