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 ――― 「あの……やっぱり転移の可能性は高いのでしょうか」  高坂さんの二回目の抗がん剤治療が終わり、副作用が落ち着いた頃に再度検査をしたら、腫瘍が小さくなっていたので手術へ段階が進むことになった。よかったです、と胸を撫で下ろすも一瞬、奥さんに不安げな面持ちで聞かれた。 病気が分かってからネットや本でたくさん調べたに違いない。希望を持てる話もあれば、絶望しかない話もある。少しでも可能性を信じたくて、こうしてわたしに直接聞くのだろう。もちろん完治が一番望ましいけれど、残念ながら断言はできない。今回のがんが取り切れても再発や合併症の可能性もある。それを言葉を選びながら伝えようとしたら、思いがけず高坂さんが口を挟んだ。 「やめなさい、愚問だ。手術をしたからと言って簡単に治るもんじゃない。絶対なんてものはないんだよ」  まさにわたしが言いたいことではあったが、患者本人がそう言うのを聞くと、それはそれで悲しいものがある。信頼していない、と言われているようだった。ただ、奥さんの落ち込みようを見逃すわけにはいかず、わたしからも付け足しておいた。 「高坂さんの場合、化学療法の効果もあったし手術ができます。手術には優秀な先生も入ってくれますし、高坂さんがまた美味しくご飯が食べられるよう我々も努めますので、一緒に頑張りましょう」  診察を終えた頃、何やら穏やかでない槙田先生を遠くから見た。  肩をいからせて大股で歩いていて、ラウンジに入ったと思えば荒々しくカフェテーブルに煙草を放り投げる。露骨にイライラしている。通りかかった遠野くんが言うには、 「さっきオペだったんですけど、今日は全然できなかったんです。他の消化器官は随分慣れたみたいですけど、食道だけは駄目みたいで……」  気疲れしたのか、遠野くんまで辛気臭く溜息をついて行ってしまった。ヤケクソのように煙草を吸う槙田先生の背中はすっかり憔悴している。  わたしですら少しでも自信が揺らげば落ち込むのだから、一度自信もプライドも崩してしまった槙田先生がそれを立て直すのは、想像以上に苦しいだろう。周りの医師や過去の自分と比べることもあるかもしれない。地雷を踏んでますます傷付けたくはない。こんな時に掛ける言葉が見つからず、わたしは槙田先生の彼女でありながら遠くから眺めることしかできなかった。
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