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「楓子! 久しぶりだな!」  仕事が終わって病院の近くのバーに寄った。カウンター席でスーツ姿の男がわたしに向かって手を挙げた。ジャズが流れるお洒落で色気のあるバーなのに、まるで居酒屋で待ち合わせしていたかのような他愛のなさ。わたしは隣の席につくなり、お酒ではなくソフトドリンクを注文した。 「飲まないのか? せっかくお前のために選んだ店なのに」 「今夜は呼び出しがあるかもしれないから、やめとく。ありがとう。和樹のサラッと気を持たせるところ相変わらずよね」 「気を持たせるつもりでやってるんじゃないぜ。なに、ちょっとときめいた?」  ニヤッと覗き込んでくる顔を押し返した。アップで見ると目尻の皺が目立つようになってきた。けれどもあどけない笑顔は昔のままで、加齢すら魅力的に映る。でも自分が小皺を見られるのは嫌だ。  和樹は高校の頃に付き合った元彼氏だ。二年の夏から卒業までは続いた。大学に入ってからも暫く遠距離で頑張っていたが、こっちは勉強が忙しかったし、和樹も大学生活が楽しかったようで自然と消滅した。四年間音沙汰なかったのに、再び連絡を取り合うようになったのは、和樹が大学を卒業する春。「元気?」といきなりメールがきたのだった(当時はまだガラパゴスだった)。今更なんなんだと呆れはしたが、怒りはなかった。連絡をしなかったのはお互い様だし、実習で疲れているところに和樹から連絡がきたのが嬉しくて、何事もなかったかのように「そっちは?」と返した。それから時々連絡を取り合っている。  電話やラインのやりとりをするのは半年に一回。十七年のあいだで会ったのはたったの五回。和樹が就職した時、わたしが国家試験に受かった時、研修が終わった時、和樹が昇級した時、わたしが外科専門医の資格を取った時。そして今日が六回目だ。去年、消化器外科専門医の資格を取ったわたしと、係長になった和樹の昇進を祝おうと誘われたのだった。滅多に会わないから会う度月日の流れを感じる。少し太ったな、痩せたな、皺が増えたな。それはお互いが思っていること。けれども和樹は、 「昔から変わらないよな」  と、年月を嘆いたり過剰に褒めたりせず、絶妙な距離感で今現在のわたしを認めてくれる。それが心地よくて、このなんとも言えない腐れ縁を続けてしまうのだ。あと、わたしにも誘ってくれる男がいるという多少の優越感を手放せずにいる。
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