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槙田先生のリハビリは一進一退で、どうしても食道という壁を越えられずにいたが、それでも高坂さんの手術日は容赦なく迫ってくる。わたしは相変わらず掛けるべき言葉が分からず、下手なことは言うまいと見守りに徹していた。ただ、焦ることだけはしないで欲しいというのは伝えている。高坂さんの手術ができなくても、これからいくらでも手術はできるのだから。槙田先生は力なく微笑むだけだった。
そしていよいよ手術の日、午前八時頃に高坂さんの病室へ槙田先生と赴いた。病室には皐月さんもいた。
「高坂さん、手術頑張りましょうね」
「……よろしくお願いします」
高坂さんは既に死を覚悟したような青い顔をしているし、皐月さんも不安を隠せないのか笑顔が引きつっていて、槙田先生からも「自信がありません」オーラがひしひしと伝わった。わたしだけが明るく振る舞ったところで空回る。なんで手術直前にこんなお通夜みたいな空気なのか。
医局に戻ってから槙田先生にはせめて患者の前では堂々とした方がいいと進言すると、耳を疑う台詞が返ってきた。
「……無理だよ、俺、できないもん」
投げやりな態度でどかっと椅子に腰かける。
「今から手術なんですよ?」
「橘先生がやってよ。……やっぱり俺はできる気がしない」
手の平で顔を覆って項垂れた。これではまずいとわたしは必死で励ました。リハビリは順調だったし、できなかったことができるようになったのだから自信を持てとか、ありきたりな慰めだけど。いまだ壁を越えられないまま手術に入るのは確かに怖いだろう。だからいざとなったらわたしが代わるつもりだし、高坂さんの手術を槙田先生が最後まで執刀できなくても仕方ないとは思っている。けれど、最初から「じゃあ、やらなくていいです」とは言わない。槙田先生が自分から臨んでいかなければ、これからいくら手術に入っても克服なんかできない。何より自信がないからと言って患者を放りだすようなことはして欲しくなかった。
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