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「橘先生、結紮は任せていい? きみのほうが上手いから」  手を動かしながら、言われる。自信がないからとか失敗したくないから頼まれているのではない。信頼して言ってくれている。もちろん断りなんてしない。 「3―0」 「遠野先生、ここ押さえて」  槙田先生が持つ本来のペースを取り戻してきたのか、操作スピードが上がった。だからといって雑になっているわけじゃない。むしろさっきより安定感がある。もしかしたらこれは最後までできるんじゃないか、そう思った時、 「橘先生。ありがとう。もう大丈夫」  はっきりと言った。大丈夫というのは手術内容のことじゃない、もう怖くないという意味だ。――槙田先生は、克服したのだ。  手術は予定通り進み、食道を切除したあとの胃管の再建もテキパキとおこなった。前半の遅れを取り戻すかのように早く、正確に、かつ美しく臓器を繋げていく様子に釘付けになった。槙田先生の眼光からは怯えとか不安とか、そういったものは一切ない。いつものふてぶてしくも頼もしい佇まい。わたしは心の中で見る目のある自分を褒め称えた。こんなにカッコいい医師はいないと思った。さすが槙田陽太は、わたしが選んだ男だ。
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