13

1/16

547人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ

13

 術後、高坂さんは四日ほどICUで過ごし、五日目に一般病棟へ移った。いつも無表情だった高坂さんもさすがに痛みや不自由を感じて辛かったのかぐったりとしていたが、尿管やドレーンを抜いてからは少しずつ元気を取り戻していった。そして一般病棟に移ってから一週間後、その日の回診にわたしは槙田先生を連れて高坂さんの病室に行った。いつもわたしが一人で行っていたのを、無理やり連れて行ったのだ。 「主治医は橘先生なんだから~」 「執刀医は槙田先生なんだから、ちゃんと顔見せて安心させなさいッ」  そして病室に入った槙田先生を見た高坂さんは、初めて柔らかく笑ったのだった。 「……陽太くん。いや、槙田先生。ありがとう、手術をしてくれて」  窓から差し込む温かい陽射し。部屋の中にいても初夏の陽気だと感じられるほど明るくて、高坂さんを包み込むようにベッドを照らしている。ずっと遠くの青い空を流れる浮雲が、早くも夏を匂わせた。  丸椅子をサッとベッドの横に出すと、槙田先生がそこにぎこちなく座る。皐月さんはいないようだ。 「感染も縫合不全も今のところなく、経過が良好でよかったです」 「手術はもう、できるのかい?」  高坂さんの問いに、槙田先生は後頭部を搔きながら「はい」と恥ずかしそうに答えた。席を外そうかと思ったが、槙田先生が二人きりなるのは気まずいのか、「いてくれ」と目配せする。 「そうか。よかった。娘から離婚の本当の理由を聞いて、きみが娘の相手の手術をしたと聞いた時、申し訳なくて……しかも手術ができなくなったというのを知ったのもつい最近で……。何から謝罪すればいいのか分からないけど、本当に済まなかった」 「いいんです。イップスのことは誰にも知られたくなかったので」 「食道がんは、完治が難しいだろう? どうせいずれ死ぬなら、せめてもの償いできみに手術をしてもらいたかったんだ。我儘を聞いてくれてありがとう」  カーテンの影に身を潜めているわたしは、時々隙間から二人の様子を窺う。高坂さんの横顔は憑き物が落ちたように穏やかだった。「失敗してそれで死ぬならかまわない」なんて言っても、やっぱり誰しもそうなったら怖い。そしてその重圧をかけられていた槙田先生も怖かっただろう。だからこうして何事もなく終えたことに、二人はしみじみと喜びと安堵を噛みしめているように見えた。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!

547人が本棚に入れています
本棚に追加