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「……なんて、きみにさんざん迷惑をかけてわたしだけがスッキリするなんて、おかしいな」  高坂さんの自嘲とちょっとした咳払いのあと、太陽が雲に隠れたのか病室が少し暗くなる。ややあって、槙田先生は静かに語り始めた。 「ある先生と患者さんの話なんですけど」  わたしも聞いていいのかしら、とカーテンの後ろで耳を大きくする。 「その患者さんは若い女の人で、三十代にしてスキルス胃がんでした。術前化学療法をしたにも関わらず、いざ手術を始めるとそこで初めて転移が分かって、手術ができなかったんです。その時の執刀医は、僕の知っている先生でした」  その先生はいつも患者に優しくて、評判のいい先生です。  本人も「優しくて腕のいい先生」という患者からのイメージを崩したくなかったんだと思います。  時にセクハラをしてくるような患者にもニコニコ対応していました。  そのスキルス胃がんの患者にも、趣味の話で気分を盛り上げたりと親身に接していました。 「でも僕は正直、患者に情が移るんじゃないかとか、肩入れしすぎじゃないのかと、その先生のやり方にはあまり快く思っていなかったんです」  おそらく、わたしと諏訪さんのことだ。何を言われるのだろうと内心ドキドキしながら、続きを待った。  案の定、手術ができなかった時の家族と患者の落胆はひどかったです。  患者の家族が主治医を代われと言い出して、僕が代わりに彼女の主治医になりました。  その先生も、自分の治療法が間違っていたんじゃないのか、患者への対応を誤ったんじゃないかと落ち込んでいた……と、思います。 「思います?」 「僕が勝手にそう感じたという話です」  でも、僕が主治医になって患者と直接話してみると、患者はその先生を恨むどころか感謝していて、「あの先生が親身になってくれたから、結果を受け入れることができた」と言っていたんです。  彼女は残りの時間を精一杯楽しむのだと。 「僕はその時初めて、医者って病気を治すためにいるんじゃないんだなって思って」   雲に隠れていた太陽が再び顔を出して、病室が明るくなる。
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