13

3/16

547人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ
 患者さんである高坂さんに言うことじゃないかもしれませんけど、僕たち医者もしょせん人間なんで、間違いは犯します。  手術がいつも成功するとは限らない。  だから同意書をたくさん書いてもらうんですけど。  医療従事者として治せる病気は治そうとします。  的確な薬を出すこともできます。  でもそれで治るか治らないかは、患者次第でもあるんです。  薬を途中で止めてしまったり、勝手に違う薬を飲んだりしたら治るものも治らない。  そこに信頼関係がなければ成り立たない。  スキルス胃がんの彼女は、その先生のことを信頼していたから治らないものでも受け入れることができた。  それによってこれからどうやって過ごすか考えることができた。  些細な楽しみを見つけることができる。 「人間って結局、最後はみんな死ぬでしょう。何か違いがあるとすれば、どう死ぬかだと思うんです。悔やみながら死ぬのか、満足して死ぬのか。我々は、患者さんが悔いなく人生をまっとうするためにいるのかなって、その先生と患者を見て思って、僕はそうでありたいと思ったんです。……だから高坂さんが、僕が手術をしたことで一つでも悔いがなくなったのなら、僕は医者として冥利に尽きます」  その後、槙田先生と高坂さんがどういう話をしたのかは知らない。わたしは途中で耐え切れずに部屋を出てしまったから。 槙田先生がわたしと諏訪さんをそういう風に見ていてくれたことも、今までの自分は間違っていなかったのだと遠回しに言ってくれたことも全部嬉しかったけれど、やっぱり一番は槙田先生が本当にイップスを克服したのだと実感できたことが、嬉しかった。  病室を出たわたしは一目散にトイレに駆け込んだ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった不細工な顔を、誰にも見られるわけにはいかなかった。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!

547人が本棚に入れています
本棚に追加