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 *** 「え!!」  事務作業の傍らで何気なくスマートフォンを開いた瞬間、ちょうど通知が入ったニュースに声を上げた。医局にいた周りの先生方が一斉にこっちを見る。呼吸器外科の田中先生が背後からわたしのスマートフォンを覗き込み、同じように「あら!」と叫んだ。 「長谷川くん、ついにパパになったのねぇ」  田中先生が簡潔にまとめたニュースの概要に、わたしはがっくりと肩を落とした。いまだ密かに応援していた推し俳優に子どもが生まれたらしい。 「橘先生、この俳優さんのファンなんでしょ?」 「ええ……去年の春のドラマで一目惚れしたんです……結婚した時もだいぶショックで、ようやく立ち直れたと思ったらパパですって……」  遠くから川上先生がせんべいを齧りながら「面食いだなー!」と茶々を入れた。 「うるさいですよソコ! 川上先生こそいい加減ダイエットしないと奥さんに捨てられますよ!」  すると今度は山本先生がぼそりと口を挟む。 「そんなことで捨てるような人とは付き合いたくないですね……」 「山本先生はまず、そのフットワーク重そうな髪の毛切ったらどうですか?」  田中先生が愉快そうにケラケラ笑った。 「わたし、今の橘先生好きだわぁ」  ――以前、槙田先生を医局でビンタして罵倒した時から、わたしの本性は院内に知られることとなった。もうあんな姿を見られたのだから取り繕うこともなかろうと、それからは言いたいことは言って素の自分でいくことに決めた。最初こそ戸惑われたが、呼吸器外科の田中先生が槙田先生を叱咤した時のわたしをなぜかいたく気に入ってくれて、今ではすっかりランチ仲間である(食べる暇はあまりないが)。田中先生はわたしより十歳上で、他の病院に勤める精神科医と結婚している。わたしと槙田先生と同じ、医師同士で付き合っていたということもあって色々と相談に乗ってくれるのだ(あと田中先生もイケメンが好きなので趣味が合う)。  川上先生は「ちゃんと仕事してくれるんならなんでもいいよ」と笑っていただけで、山本先生に至っては「胡散臭い人だと思っていたので本性を知れてよかったです」と、地味にムカつくことを言っていた。  他の先生や看護師もそんな感じだ。いちいち他人の人格にかまっている暇がない、というのもあるだろうけど、大抵は受け入れてくれる。今まで猫を被っていたのが馬鹿らしくなるほどに。 「見た目がいいのも長所だものね!」 「そうですよ」 「へー、じゃあ、橘先生は槙田先生の見た目に惚れたの?」  川上先生の言葉に全員の視線が槙田先生に向く。回診を終えて医局に戻ってきたばかりの槙田先生は話が見えずに目をぱちくりさせた。 「え? 俺、なんかしました?」 「橘先生を射止めたって話よ」 「理想と現実は違うという、いい例です」  ひとしきり笑って、やがて先生方はそれぞれ仕事に戻っていったが、槙田先生だけはクエスチョンマークを浮かべていつまでもぽかんとしていた。
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