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 ―――  午後九時頃に仕事を終え、真夏の蒸し暑い夜に槙田先生がうどんが食べたいと言い出したので、帰りにうどん屋に寄った。病院の近くにある、槙田先生と初めて食事に行った店だ。わたしはあっさりとざるうどんを注文したが、槙田先生はアツアツのわかめうどん。 「前に楓子ちゃんが食べてたのが美味そうで、ずっと食べたかったんだよね」  それを言うならわたしだってあの時槙田先生が食べていた鍋焼きうどんが食べたかった。今は夏なのでメニューにないのが残念だ。  カウンター席に並んでズルズルつるつるとうどんをすすりながら、わたしは医局で起こった出来事の詳細を説明した。ようやく謎が解けた槙田先生は苦笑いだ。 「ほんと川上先生って俺らのことからかうの好きなんだから」  わたしたちが付き合っているというのは、外科と麻酔科のほとんどの先生が知っている。高坂さんの一件で手術室でのやりとりを聞いていた麻酔科医がたぶん噂を広めた。中には「前からうすうす気付いていた」というツワモノもいて、やっぱり世の中どこで誰に見られているか分からないなと、背筋を凍らせたのだった。 「で、その俳優の長谷川くんとやらは、どんな顔だっけ」 「ええ!? あの有名俳優の顔を知らないの!?」 「男に興味ねぇもん」  すぐさまスマートフォンの壁紙を見せる。槙田先生は俳優の顔がどうというより、わたしがホーム画面の待ち受けにしていることに引いていた。 「ホーム画面はイカンでしょ」 「癒しよ。いいでしょ、別に」 「つーか、なんか遠野くんに似てない?」 「やっぱり? わたしも遠野くんが初めて来た時、長谷川くんに似てるなって思ってたの。笑った時に八重歯が見えるの可愛くない? 母性本能くすぐる系」 「ふーん、じゃあ楓子ちゃんの理想の顔は遠野くんなんだ」  どこか冷たい目で見られる。若干顎をしゃくらせるのはヤキモチを妬いている証拠だ。槙田先生が妬いていることもそうだが、ちょっとした仕草や言い方で何を感じているのかが分かるようになったのが、わたしは密かに嬉しかった。 「遠野くんの顔は可愛いけど、好きなのはあなたよ」  そうやって耳打ちすると満更でもなさそうにする。確かに槙田先生の見た目はわたしの好みのタイプではなかったけど、たまに見せる子どもっぽいところは誰よりも可愛いと思うのだった。
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