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 わくわくしながら差し出した左手の薬指に、槙田先生がおぼつかない手つきで指輪を入れる。決して大きくはないけれど、ダイヤは街の灯りという灯かりを吸収して光り輝いている。夜だからこそ、煌めきがひときわ美しかった。わたしは手を空にかざしてうっとり眺める。まさか自分の指にはめる日が来るとは思わなかった。しかし、そこは槙田先生。余韻に浸る間もなくわたしの手から指輪を抜き取り、箱にしまおうとする。 「はい、返して」 「なんでェ!?」 「とりあえずサイズが合うか見たかっただけだから。ピッタリでよかった。あげるのは後日」 「後日ってなによ!」 「だって、港のホテルのレストランで指輪と一緒にプロポーズされるのが夢なんでしょ」  以前、わたしが話した子どもじみた夢。笑い話のつもりで自虐的に言ったことなのに、それを叶えてくれようとしているのか。わたしですら忘れかけていたことを槙田先生は覚えてくれていたのだ。それがどうしようもなく嬉しいという気持ちと、ネタばらししてどうするんだという呆れが交互に押し寄せる。 「ということで、もうちょい待っててね」 「いや、ストップ! 今、今欲しい!」  ポケットに小箱を入れようとする槙田先生の腕を掴む。 「えー、楓子ちゃんの夢を再現しようと楽しみにしてたのに」 「それ、面白がってるでしょ。再現しなくていいから、プロポーズしてくれるつもりなら今、して!」  我ながら必死すぎて滑稽だ。このやりとりがなんとも間抜けで、「らしい」と言えば「らしい」が。槙田先生はニヤニヤと意地悪く笑いながら、再び小箱を取り出した。 「しょうがないなぁ。……ちなみに、夢の中のバーチャル彼氏はなんて言ってプロポーズしたの?」 「いちいち再現しようとしなくていいんで、自らの言葉でお願いします」
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